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その手は大きく、力強くて、由姫が知っているどの手とも違った。手は、気まぐれに踊るような薄紅色の花びらをとらえようと、空をつかもうとする。
力強さを感じる手は白いちいさな手と違い、軽々と、花びらをつかまえた。
「ほら、これだろ」
光が差していた。明るくて、まぶしくて。びっくりして目を大きく見開いて、細めてしまった。――見惚れて、しまって。
「……危ねえよ、そこは……。ホント危なかっしいよなあ、出会ったときはアイツらが悪かったけど、今のは由姫ちゃんひとりだっただろ。もうちょい気をつけないと。俺がいなかったら、落ちてたかもしれねェんだぜ」
彼の台詞に、自分の格好を思い出して、湯気タコのように真っ赤になった。
(……うわあ、めちゃくちゃ恥ずかしい……)
由姫はあわてて窓柵にしがみつくようになっていたからだを起こして、正面から太陽を見た。
すると彼は唐突に、花びらを落とそうとする。反射的に両手を受け皿にするように差し出した。
ひらひら。まるで由姫の手のひらにおさまるためにあったかのように、薄紅色の花弁が落ちていく。二、三枚重なった花弁がとても愛らしかった。
「……わあ」
思いがけずに手に入った花弁に感嘆のため息をもらすと、彼は
「……よかったな」
ニカッと音がしてしまうような笑顔で、また微笑んだのだ。
音がする。トクン、トクン、と。頬が熱い。
……知らない。こんな気持ちは。うれしくて、せつなくて。手を伸ばしたいのに、届きたくない。
だれか、教えて欲しかった。
「……あ、あの」
お礼を言おうと口を開く。けれど、言葉を紡ぐ前に
「――太陽! 早くこいよ!」
彼を呼ぶ声がした。呼び捨てだから、同じ学年のひとだろうか。手を大きく振っていた。
「……ああ、今行く!」
由姫から目を離して、彼はすぐに青年のもとへと駆け寄ろうとする。
それがなぜか寂しいと感じた。……とても、寂しいと。
(せっかく会えたのに)
由姫の不思議な気持ちに彼は気づいたのか。歩を進めていた足をとめ、振り向いたのだ。
「またな、由姫ちゃん! 気ィつけて帰れよー!」
ブンブンと子どものように手を振って。なぜかおまけのように、太陽の先輩の友達であろうひとも手を振っている。
由姫は思わず吹き出して
「…はいっ! 太陽先輩もお気をつけて! ありがとうございました!」
一瞬にして、心が、とてもあたたかくなった。
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