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近所のがみがみおじさんに捕まって尋問を受けた時のよう・・・いや、きっと目の前にいる人物が普段なら近くにいて言葉を交わすことがあるはずない人間だからだと思うけど、こんな落ち着かない気持ちになったのは初めてだった。
そんな私に、王子はにっこりした。
『村野さん、だよね?』
む・ら・の?
普段聞きなれていたはずの言葉が、いきなりなんだかとてつもなく高貴できらびやかな響きを持って聞こえた。
『え?』
む、むらのって・・・ま、まさか・・・
耳に何度もこだまする同じ言葉を感じながら、これは夢なんじゃないかと考えを巡らす。
ど、どうして・・・お、王子が・・・わ、私の名前を・・・
『やっぱり!A組でも有名だよ。『MOON』によく似た子が同級生にいるって』
『・・・え』
ぎくっとした。
王子のクラスで私の名前が有名だということ、王子が私のことを知っていてくれたこと。
本来ならば、天まで上るくらい飛び上がって喜んだはずだ。
でも、この時の私は、他のことで頭がいっぱいになった。
『MOON・・・』
小さく私の唇が動いたことに、王子は気付かなかったと思う。
『MOON』は人気歌手だ。
今はアメリカにいっているが、以前はとても日本でも有名だったアイドルだったらしい。そして、彼女は私の母親、『村野董姫(つうき)』という。
そう、私は、彼女の隠し子として、この世に生を受けたのだ。
彼女との記憶はあまりない。
彼女のことを私がいくつか知っているのは、周りの大人たちに教えてもらったことがほとんどだ。物心がついた頃から、私は父親と妹と三人で暮らしてきたという記憶しかない。
だから、あまり彼女がテレビに出ていても親近感がわくというわけでもないし、あまり母親と言われてもピンとこないのが現実である。
ただ、とても驚いたのは、似ていると言われたことだ。
父親似と言われている私は、彼女に似ていると言われたことは初めてだった。
さらに言葉につまり、固まっている私だったが、王子が静かに近づいてくるのに気がついて息を飲んだ。
今まで遠くからしか見たことがなかったきれいな顔がどんどん近くに迫ってきて、私は今までもやもやいろんなことを考えていたことさえなかったように頭の中が真っ白になった。
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