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「何度も言うけどね、私は王子とは何でもないんだから!」
そう。何にもない。
口にするだけで動揺してしまうくせは相変わらずで、唇が私の意思と反してがくがく震えている気がするけど、さすがにこれだけは譲るわけにはいかない。
去年の私が今の私を見たら、きっと落胆するわ。本当、情けない限りよ。
「本当に、王子とは・・・」
言い終わる前に、志乃と南の表情がみるみる緩んでいく。
まるであっけにとられている・・・そんな感じだ。
「え?」
「おれが、なに?」
どうしたのかと問いかけようとしたが、私は後ろから聞こえる声にびくっとした。
肩に力が入る。体中が金縛りにあったような感覚だった。
「なにか、おれの話題で盛り上がってた?」
まさか、悪口じゃないよね?と彼は何ワットあるのか確かめたいくらいの眩い笑顔でこちらに向かって歩いてきた。
「「お、王子っ!」」
志乃と南が同時につぶやいた言葉が私の耳に届く。
長身でサラサラの茶色い髪を揺らし歩く彼は、まさにおとぎ話に出てくるような王子様そのものにしか見えなかった。いつもいつも思うけど、彼は動くたびに何か光を放っているような気がする。私たちがたった今まで噂に花を咲かせていた張本人、大路雪兎がそこに立っていた。
「探したよ。こんなところにいたんだね」
優しく細められる灰色の瞳は、さっき私が思い出してしまったものとまったく同じ輝きをしていた。
「月花ちゃん」
まるで音色を奏でるような低い低い声が私の名前を呼ぶ。
反射的に私は笑っていた。
うん。彼の笑顔につられたのもあるけど、半分は自分で口角を持ち上げて作り出した作り笑いだ。すっかり慣れてしまったこのやりとりに、自分でもむなしくなる。
なんだかんだ私を笑ってからかっていた志乃と南も、絵にかいたような表情でポカンとしている。
そりゃそうよね。
一年前の私はきっと、これよりもひどいことになっていたと思うけどね。
でも、これは夢物語でもなんでもない。現実だ。
私はいつも通り、何もないことを装って、以前の私だったら絶対に言えないであろう言葉を述べた。
「なにか、用?」
そんな私に、王子は少し肩をすくめる動作をして、またにっこり笑った。
この笑顔の意味を私は知っている。
問答無用の笑み。来いということなのだろうなと思う。
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