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「あのねぇ、月花ちゃん。いっつも言ってるけど、おれの名前は『オウジ』じゃなくて『オオジ』なんだけど・・・」
まぁ、本人は非常に困っているようなんだけどね。
「でも、みんながそう呼んでるけど?」
私がニヤッとした表情を見せると、もう何も言い返せないと言わんばかりに王子は私の髪の毛をくしゃっとした。
「ちょ、ちょっと・・・や、やめてよ!」
「月花ちゃんがいじわる言うから・・・」
去年の私なら、こうして彼とたわいもない時間を過ごせるなんて、すごく夢のようだったと思う。ありえないと思っていた。志乃や南たちからからかわれたり、後輩や先輩から王子とはどんな関係なのだと聞かれたり、みんなから付き合ってるんじゃないかと噂されたり・・・こうして彼と仲良くなれた今では、そういった今までとは違う周りの反応にも納得できる。きっと私だって、そう思ったと思う。
天と地のように離れている関係だと思った。
永遠に近づくことはないだろうと、見ているだけで十分だと思えたりもした。
(私・・・私は・・・)
まさか、こんなに近づけるようになるとは思わなかった。
(私は・・・)
私は、確かに彼が好きだった。
憧れという気持ちとどちらかと聞かれたら即答できなかったかもしれないけど、それでも私は彼から目が離すことができないくらい、毎日王子でいっぱいだった。
でも、こんなに近くなった今でも思う。
近くにいても、あの頃と変わらずに天と地ほどの差を感じることはある。
だって、私は・・・
「でも、残念だったね。」
言葉通り、王子が残念そうは顔をこちらに向ける。
「鳥羽は多分、今回はもうクラス委員じゃないと思う」
あいつ、最近部活の方が忙しいみたいだし、と付け加える。
「ふーん」
だから私も、何気なく返答するようにする。
この言葉に感情を入れてはいけない。心で必死にそう思いながら。
私は・・・
「さみしい?」
低い声が、じわりと耳に届く。
「期待の選手だから、仕方ないと思うけどね」
ゆっくり細められた灰色の瞳が静かに揺れる。
「大丈夫だよ。おれも一応サッカーに関しては詳しい方だと思うから、また鳥羽の試合観戦の時はお供するよ」
王子がお得意の王子スマイルに戻っている。
やられた・・・と思う。
言葉を返す気にもなれず、私は言葉を発するのをあきらめるしかなかった。
私は、王子に弱みを握られている。
鳥羽正人。
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