森の中の愛の詩

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 それは遠い過去か。或いは遥かな未来なのか……  今では無い「何時か」そしてここでは無い「何処か」  時に埋もれた記憶の向こうで、月明かりに照らされたような おぼろげな記憶の中で、何かがゆっくりと動き出す。  忘れられた古い記憶。  或いは失われた伝説という、物語の欠片。  時の狭間を渡り歩いては、銀河に零れ落ちている それらの物語をサルベージする者。伝承者。  彼が語ってくれた一つの物語を、今ここに再現してみたい と思う。    そこはとある赤色恒星系の惑星上。太古の生命の息吹が満ち 満ちた世界。  大陸の北部に位置する深い深い森の中。莫大な量の 酸素を放出する広葉樹や、原始の風情を残した大型シダ類が 生い茂る中、凶暴で恐ろしい、肉食龍達の咆哮がこだまする。  この惑星に生まれた、原初の知的生命体。二匹の小さなミー ファスは、必死に森の中を走り、木々の間を駆け抜けた。  グルーガーと呼ばれる肉食龍。彼らは強酸性の唾液を吐き散 らしながら、執拗に自分達の後を追ってくる。  立ち止まる事は即ち、死を意味する。 《逃げろ、逃げろ、逃げろ!》  全身の細胞が叫んでいる。深紅の体毛が逆立ち、青い鬣が風 に凪いだ。死の匂いはすぐ真後ろだ。  ミーファスの小さな体は、それ程高い運動機能を備えてはい ない。だが、生きる為に必死な2匹は全力を出して逃げた。  2足歩行に進化した種族ではあったが、まだうまく走る事が 出来ない。祖先の代から慣れ親しんだ4足歩行に戻って、森の 中を疾走する。    やがて心臓も呼吸も過負荷に耐えかね、悲鳴を上げ始める。  足元がぐらつき、何度も転びそうになる。鋭い刃先 を持つシダの葉が身体を傷つけ、突き刺さる。  もはや身体は完全に限界に達していた。  生物として、捕食される立場のミーファス達だったが、世代 を重ねた新しい若者達には、ある際立った特徴が備わって いた。彼等は種族としては原始的な生物ではあったが、 その中身は極めて知的な生物であり、 高度な思考力と霊的な能力、即ち超感覚を備えた 生物でもあった。  ぬかるみに足を取られ、転倒した雌のミーファス。  グルーガーの唾液が辺りに飛散して来て、落ち葉が腐食 していく。自分の身にそれが降り注がれたなら、ただでは済ま ないだろう。恐怖で押し潰されそうになりながらも、 彼女は自分の能力を信じて行動した。  
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