第1章

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 1年3組。校舎の一番上の階まで階段を上がり、右に曲がってすぐの教室だ。  ある日のことだ。僕は早起きしたので、普段馴染みがない場所もいいかもしれないという好奇心で、いつもとは違うルートを通ることにした。  冷気が未だに鎮座している空気を胸いっぱいに吸い込み、中庭に植えられているのか、どこかに飾られているのか、甘い花の香りを同時に楽しみながら、自分の足音だけが静寂を破っていく。そんな瞬間に何ともいえない心地よさを感じる。  いつだったか近所の婆さんにそう漏らしたことがあるけれど、期待一杯で口に含んだミルクキャラメルが、実は牛蒡キャラメルだったことが判明したような苦い顔をして、若いモンは食って寝て遊んで時々女のことでも考えときゃいいんだよ、難しいことばっかり考えてたら、弱肉強食の世の中であっという間に取り残されちまうよ、なんて有り難いのかよく分からない忠告を頂いた。  でも後から考えたら、僕が言っていたのは朝の冷たい時間に歩くのって気持ちいいよね、ということだけだ。難しい表現を重ねていくと、婆さんはどうやら聞く気が無くなるらしい、と頭の片隅にとどめておく。  どうでもいい回想にふけって歩いていると、青ざめながら佇む女子生徒を見かけた。  彼女は目を離せばどこかに飛んで行ってしまうのではないか、という妄想に駆られているかのようにドアを必死に見つめ、片手を胸に当てて何やら呟いているのだ。
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