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メグミはつづら折りの山道をゆっくりと車を走らせた。
小春日和の続いた昨日までとは打って変わって花冷えのする午後だった。
平日の夕方に、こんな山道を登っている車など、この車以外いない。
車どころか、人っ子一人もいない寂しい山道だ。民家などは皆無、山道はどんどん心細いほど細くなって行き、もしも車が下りて来ようものなら、離合場所まで車をバックさせなければならないかもしれない。
「落ちるのもいいかもしれない。」
メグミは一人ごちた。
どうせ私は死ぬのだ。
でも、どうせ死ぬのなら迷惑をかけないように死にたい。
そう思ってひっそりとこの山の奥深くに分け入り、しばらく誰にも見つからない場所で首を吊ろうと思ったのだ。
やっぱり車で落ちるのはダメだ。いろんな人に迷惑をかけてしまう。
車を回収する手間がかかったり、自然を壊したりするではないか。
メグミはリョウタのことを考えていた。離婚してから、リョウタのためだけに生きてきたのだ。その最愛の息子、リョウタが交通事故で死んだ。
メグミは生きる意味を失ったのだ。リョウタさえ居ればよかった。かけがえの無い宝物。
それを失った今、メグミに生きる余力はもう無かった。
幸い、誰ともすれ違うことなく、雑木林の少し広くなったスペースに駐車した。
これが初めての不法投棄になるのかな。イグニッションキーを差し込んだまま、メグミは車のドアを開けて外に出た。ひんやりとした空気が肺を満たした。もうすぐこの肺に空気が満たされることはなくなる。全てが消えてしまえばいいのに。
そんなことを思った。リョウタが死んでしまったことも。結婚、離婚したことも。私の人生なんて、すべて消えてしまえばよかったのに。消えないで欲しいとも願った。
リョウタをこの世に産み出した時の喜びも、リョウタと過ごした日々も。大切な宝物。
メグミは薄手のカーデガン一つで、雑木林の中へ分け入っていった。手にはトートバッグ。中身はホームセンターで買った頑丈なロープのみ。他には何もいらないだろう。ブラウスの胸ポケットから、小さな写真を取り出して愛しそうに撫でた。
「リョウタ、待ってて。ママもすぐ側に行くからね。」
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