擬似餌。

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擬似餌をご存知だろうか。 釣りに用いられる、本物に似せられた道具の事だ。 吾輩も所謂その類いのものである。 「あラ、ネコちゃン」 にゃー。 少女の指先に吾輩はじゃれつく。 擬似餌は引っ掛けて捕まえる已が芸ではない。 吾輩の仕事は注意を惹き付ける事。 そうすればいずれ、食事にありつける。 本性を隠し近づく事をヒトは“ネコを被る”と表すのだったか。成程、言い得て妙である。 ごぷり。 吾輩のヒゲを弄ぶ手は、瞬く間に落ちてきた泥に呑み込まれた。 吾輩の本体が捕食に成功したらしい。 らしいと言うのは、それがあまりにも‥‥‥ああ、分かった。 その違和感の全てを悟り、吾輩は腹を括った。 存外、アレもヒトを被っていただけらしい。 次の瞬間、吾輩は建物ごと暗黒に包まれた。 どくんどくん。 この脈打つ闇からは、吾輩はもう逃げられない。
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