贄の教室

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不意に、イヅルの前にクラスメイトが近寄って来た。 「イヅル……どうした……」 抑揚のない言葉がクラスメイトの口からこぼれた。 ニエが、彼の後頭部から右の眼球にずるずると入り込んでいる。ニエが体内に進む度に眼球がずれて彼の焦点が合わなくなる。 イヅルの右手を恐れて、ニエが近づいたのだ。 半分意識のないクラスメイトを見て、イヅルの目に涙があふれた。 ニエは完全に彼の体に入っていない。 涙を拭い、まだ動きの鈍いクラスメイトの頭をイヅルは右手で掴んだ。 「……昇華せよ」 イヅルの言葉にクラスメイトの目玉がぎゅるんと動いた。 ニエが意思を持ったのだ。 頭を掴まれたまま、クラスメイトはイヅルに牙を向いて唸り声をあげた。 言葉をなくしたクラスメイトは、イヅルから与えられる強い力に顔を歪める。 昨日まで、くだらない事で一緒に笑っていたクラスメイトはそこには居ない。 イヅルの眼から、また涙が溢れた。 苦しそうな顔をしているのは彼ではなく中に入り込んだニエだと分かるのに、クラスメイトを苦しめているのは自分だと感じてしまう。 イヅルの右手の刻印に、力を失ったニエがずるずると引きずり込まれていく。 完全にニエがクラスメイトから離れた時に、彼は膝から崩れ落ちた。 ニエの蝕を断つ間時空が歪むのか、今まで人の気配すら感じなかった教室が、クラスメイトが倒れた途端に周りの生徒が心配そうに彼の元に駆け寄ってきた。 貧血と思われたクラスメイトは、他の生徒に呼ばれた教師の手によって担架で運ばれた。彼の命は守られたが侵食がどこまで進んでいたのかイヅルには分からない。 ニエの取り込まれた右手を見る。中央の刻印は、まるで火がついたように真っ赤に光を放っていた。 命の代償に与えられた使命は、イヅルを深く傷付け、悲しませた。 しかし、もう後戻りは出来ない。 イヅルは涙の落ちた右手を強く、握りしめた。 終
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