第1章

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誰かの小さい会話から、やがて喧騒へと変わっていく。 担任がようやく我に返り、手を二度叩く。そうして生徒のざわめきを抑えてからわざとらしい咳払いを一つ。 「……あー、君。入学式にも出ないで、初日からえらく重役出勤だな」 担任の言葉で何人かのクラスメイトがクスクスと笑う声が聞こえる。どうやら僕の担任はこの場を和ませようとしているようだ。しかしそれだけではない、僕にはわかる。この先生はただ府抜けているように伺えたが、意外にも僕の真意を見抜いていた。 そう、重役出勤である。 エリート意識の高い僕としては、ゆくゆくは重役の座を奪うつもりだ。その予行練習として僕は時折遅れ気味で家を出るようにしている。 また、ヒーローは遅れて登場するもの、という古くからの習わしを守っているだけだ。 クラスの雰囲気が和らぎ、それに乗じた先生がさらに一言、僕に声を掛ける。 「初日から寝坊か?緊張して眠れなかったか?」 クラスはすっかり春を迎え、本来の暖かさを取り戻していた。 さて、これは僕に向けられた質問だ。僕が僕を証する願ってもない絶好の機会だ。やはりこの先生、僕が大物になりうることを見抜いているのだろう。 与えられたこの機会を僕は逃すわけにはいかない。僕が大胆で、聡明で、それでいて柔和であることを示し、さらにこの場合はユーモラスさを求められるという訳か。なかなかに次元の高い質問だ。 僕は最善の答えを求め、思考を巡らす。 例えばだ、例えば今回の遅刻の原因が僕以外にあったとしよう。おばあちゃんの落とし物を探すことを手伝ったり、迷子になっていた小さい子を助けたりしていた場合だ。 しかし僕がそう答えたとして、一体何人が僕の善行を心から信じるだろうか。ありがちな理由ではあるが、実際には現実味に欠けた世迷い言だ。つまり僕が如何なる理由を述べようとも、心の片隅では単なる寝坊なのだな、という愚かな考えに至り、下らない言い訳をする人間であるという烙印が押されてしまう。 ではどうするべきか、答えは一つ。 僕はこれを逆手に取る。
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