第1章

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その中でも理解が最も早く、そして深いのがやはりこの先生か。額に汗を浮かべいるのが良くわかる。僕は僕と対等に理解し合える先生との出会いに感謝を捧げる。恐らく先生も、力を持て余し、退屈だった灰色の世界を塗り替える僕という存在との遭遇に心を踊らせているはずた。 「……あ、あー、そういえば先生も昔は、卵になりたい時期があった……ような。は、はっはっは」 乾いた笑い声が寒天に響く。しかしそれを皮切りに春の足音が近付き、命が芽吹き始める。 どうやら僕の想像以上に先生は偉大な人物らしい。かつては僕と同じ目標を見据え、そしてそれを過去にしたと言う。それはつまり、僕の先を行っていると宣告されたのと同義ではないか。 戯れ言を。僕はこの三年間で過去の先生、いや今の先生すら超えてみせよう。見ているがいい、僕という人間がただの人間には計り知れない、常識を覆す者であるということを。 「……それで、君の名前は?」 恐る恐る、先生は僕に問う。僕は瞬間驚愕し、まじまじと先生を見つめてしまう。 ……僕の名前を、知らないのか? 今の僕ですら伊藤と江島の名前は瞬間記憶したにも関わらず、僕の上をいく先生が彼ら彼女らどころか僕の名前さえ知らないのと言うのか。 いや、待て。違う、そうじゃない。僕は試されているのだ。先生があえて僕にそう問うた真意を、僕は見抜かなければならない。 粋な計らいをするものだ。僕の入学を祝う、餞別といったところか。 暫し思考し、質問の意図、それは大方検討がついた。先生が僕より優れている所以、先生にはあって、僕には足りない何かがある、それを悟らせようとしているのだろう。 出会ってまだ数分、僕の欠けている何かに既に気が付き、それを教授しようとしている。やはりただ者ではなかったのか。 僕を成長させるピース、それの手懸かりがないわけではない。先生が何かに気が付いたということは、この短いやりとりの間に、僕と先生の決定的違いがあったということだ。 記憶を廻れ。僕を満たす一欠片、それは一体……。 刹那、全身が電撃で貫かれたかのように、僕に感動が降る。 ……そうか、そういうことか。
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