第1章

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大胆で、聡明で、それでいて柔和。 それはある意味で僕が神格化されなければ成り立たない、つまり僕が畏怖されるべき存在でなければいけないと思い込んでいた。それ故僕はそのように行い、僕を強く証してきた。 しかし先生はどうであったか。僕が彼ら彼女らを畏れさせる度に、暖かい陽だまりを連れてきてくれた。僕とはあまりにも対称的ではないか。 僕はようやく悟った、僕を評価するのは僕自身ではない。僕がどう足掻こうとも、僕という人間の相対性が保たれているのは僕以外の人間がいるからだ。そのことにどうしてか、今の今まで気が付けなかった。 僕は神ではない、一人の人だ。大胆で、聡明で、それでいて柔和。人としてそう在れと、先生は僕に伝えたかったのだ。 先生の深い教えに胸が締め付けられ、僕の視界が滲む。 先生の真意は心に染みるほどに理解した。畏怖されていた存在から愛される存在に、僕は生まれ変わる。そのために先ず僕は彼ら彼女らの前で名を名乗り、そしてあだ名を付けてもらうのだ。 あだ名は彼ら彼女らに一任しよう、僕の評価を彼ら彼女らに委ねよう。しかし、やはり僕は大胆で、聡明で、それでいて柔和で在りたい、そのようなあだ名が欲しい。そのために少し誘導させてもらう、僕の最後の我が儘だ。 僕は彼ら彼女らを見渡し、大きく息を吸う。さぁ、今度は僕の真意を受け取ってくれ。 「吾輩は相川である。あだ名はまだ無い」 訪れるは冬ではない、心地のよい春の夜の静寂だ。 僕は満足して椅子に座る。たったこれだけの時間で僕の人生を変えた、これ以上語るべきことは何もない。 僕はそっと目を瞑る。僕が僕の望むあだ名で呼ばれる日を夢見て、そして今ここで得た余韻を二度と忘れぬよう、心に刻むために。 「……あ、相川な。これからよろしく。じゃあ、次。後ろの席」 椅子の引く音が静かに響き、後ろの伊藤君が立ち上がる。僕も立ち上がる。 伊藤君を振り返ると酷く困惑した様子だ、困惑しているのは僕の方だというのに。なぜ彼も自己紹介をする必要があるのだ。 ……いや、この先生が指名したのだ、僕が僕に気を取られている内に全体を把握していたのか。全く、敵わないな……。 僕は伊藤君の肩に手を置き、そして優しく微笑みかける。 「伊藤君、お前もか」 お前も先生の教育が必要なのだな。 そして僕のあだ名はカエサルになった。
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