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「それ、本名ですか? もしくはまさかのパクり的なあれですか」
そんな名前聞いたことがないし、もしかしたら占い師の通称名かもしれないと湖は訝しむ。
「もちろんそうだよ」
「もちろんってどっちですか。イヅモタイシャさん」
「はははは。やだなあ、そんなにフルネームで呼ばなくても聞こえてるよ。それに俺の名前、イズモタイシャだから」
「は?」
「いやいややっぱバカ? ツにてんてんじゃなくて、スにてんてん」
手をぴらぴらさせてわざとらしく笑っている。
これから先も君は職がないかもしれないね。あっても短期ですぐに終わったり、契約延長ができなかったり、そんなことをしている間に正社員で取ってくれるところが無くなってくる。取り立て、手に職があるわけでもないし、このままアルバイト生活で一生生活するわけ? ここは仕事をくれるって言ってる人のところで働くのが一番なんじゃない?
と正論を並べられたら反論などできない。
結果的に首を縦に振ってしまったのだった。
兎に角だ、仕事がなければごはんも食べられない。ここはこの占い師のいう通りに働かせてもらうしかない。と、湖はポジティブに思い直した。
「じゃほら、帰って。俺忙しいから」
無理やり追い出されたかたちで階段を上がり、陽(ひ)の上った新宿の路地裏へ出た。
太陽が眩しい。
目を細め額に手を当て太陽光線を遮った。
コテツが足元にすり寄ってきて、そのまま足早にどこかへ行ってしまった。白くて大きくてお腹が地面につきそうなほど丸々としていた。
前から女子が二人きょろきょろしながら何かを探しているのが目に入った。
もしかしたら占い師のことを探しているのかもしれない。
それだったらここを降りて行けば会える。そう言おうと思って振り返って、びっくりした。
今、上がってきた階段が無くなっていた。
そこはただの壁、蔦のからまっている至って普通なねずみ色の壁になっていたのだった。
壁を触る。冷たくて硬い。地下へ続く階段はやはりどこにもなかったのである。
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