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一
夢じゃなかった。
昨日と同じ場所にはやはり地下へと続く階段がある。
昨日のことを思い出しながら壁であったはずの場所を撫でてみた湖は、小首を一つ傾げてみた。
ここはひとまず階段を降りてみることにした。
階段を下りていくにつれ、体にあたる空気は冷たくひんやりとしてくる。
壁の左右には緑色の蔦が絡まり、青くさいにおいが鼻にまとわりつく。
重厚な鉄の扉に手を当てると、ぽふっと乾いた音を立てて内側へ開いた。
中からオレンジ色の光がこぼれてくる。
「はよーございまー……」
自分にしか聞こえない声での挨拶がいけないんだと思う。返事がまったくない。
部屋の中に顔だけ突っ込んでみると、昨日と変わらずミントのいい匂いが漂ってくる。
違うことといえば、どこにも猫の姿が見当たらないことだ。
「すいません、出雲さん、いますか?」
少し大きめの声で呼び掛けてみた。すると。
「あ、おはよう。来てたの? ほら、学校でもなんでも朝来たらまず大きな声で挨拶しないと。幼稚園で教わったでしょ。覚えてない? 忘れちゃったかな?」
清々しい朝なのに嫌味からのスタートはぜんぜん晴れ晴れしくない。
しかめっ面に無理矢理笑顔を貼り付け、今度は聞こえるように大きな声で挨拶をしてやった。
出雲大社は、麻素材のパンツにゆるいティーシャツで楽チンな格好をしていた。そして素足だ。髪の毛は寝起きのためなのか寝癖がついていた。
素足ってことはここ土禁かもしれない。と、思い、歩き出そうとした足をひっこめたところで、
「あー、いい、いい。靴脱がなくていい。ここはそのままで大丈夫」
それより来て。と、手招かれて着いて行けば、キッチンのところには湖のやるべき仕事が紙にリストアップされて置かれていた。
「じゃ、よろしく」
なんの説明もなしに片手を上げると、奥の部屋に引き返していった。
出雲大社は部屋のドアノブに手をかけたが開けるのを躊躇した。湖のほうを振り返り、
「絶対に覗かないでね。絶対にだよ。何があってもダメ。やめてね、約束できる?」
と、己の目の前の部屋を指さした。
「人の寝室なんて覗く趣味ないですからご安心を」
「よかった。常識のある人で」
嫌味なんだか本気なんだかよくわからないことを言い、静かに部屋へと消えて行った。
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