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「それが未練を断ち切るすべてのことってことか。ふーん、そう。でも君も分からない人だね。朝倉君はまだ無理」
黙った高宮は歯ぎしりをぎりぎりとした。
『分かった』
「よし。じゃ、その彼氏のところに行こうか」
戸惑いを見せる高宮に、
「もう全て分かっちゃってるから。隠しても無理。さあ、そこに連れて行ってくれたまえ。そしてすべてを終わりにしよう」
今の会話から察して、高宮は何かを知っていて、それを隠している。で、すでにその隠し事を出雲大社は知っていてなお言わずに導かせようとしている。絶対楽しんでる。
「頑張ってくれたまえ。朝倉君」
にっと横に引っ張った唇は薄く伸ばされ、いたずらをたくらむ子供のような顔に見えて、湖には嫌な予感しかしなかった。
『この女の体が手に入れば私はやり直せるんだ』
突如、耳の奥に貼り付いた声が頭の中でこだましていて、頭をおもいきり振って声を弾き飛ばそうとした。
『私と一体化しよう。私と共に一緒になろう』
「やめて……」
そんなことしたくない。無理無理無理。絶対に無理。どこから入ってくるのこのことば。
『我慢しないで。そうすれば楽になる。さあ』
高宮の声から逃げたくても湖の頭の中には津波のように高宮の声が押し寄せる。
耳を強く塞ぐ。
徐々に体から力が抜けて、一度カクンと頭が前に落ちた。
瞬時、視界が歪み、腐敗臭に包み込まれた。
肉が腐って生ごみと交わったような、甘く嫌な臭いが体から臭ってきた。
頭を上げると視界はモノクロの世界。音もなく色もない。感覚も無い。
誰もいない灰色の世界に一人取り残されている。そんな感じだった。
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