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『っちちちち違う! これじゃない。なんでこれがここに! 待て、いや、違うおまえは。だってそんなはずない』
土の中から出てきたのは黒いスマートフォンだ。しかしそれは望んでいるものじゃない。この電話じゃない。だってこれは……これは私の……
「………………さん」
背後から声が聞こえ、咄嗟に振り返ると、そこには薄汚れた制服を着て、おしりまである茶髪の髪を揺らしている女が下を向いてじっと佇んでいた。
『なんでここに』
「……あなた……間違……てるよ」
『おまえじゃない。おまえの事なんか呼んでない! くそ! 私の彼氏を……返せ!』
突風が吹く。周りの木々を巻き込んで竜巻のように巻いた風は迷わず目の前にいる女を突き刺した。
「だから、あなた間違ってる」
そう言った女に突き刺さったはずの木々は体をすりぬけ、柔らかく地面に溶けた。顔を上げた。
「これ以上その人を傷つけないで」
ヌルリと両腕を前に伸ばし、一歩、一歩、確かめるように歩く足元はおぼつかない。
女の制服はびりびりに破かれ、黒ずんだ肌が見え隠れしている。髪は油ぎっていて顔にべったりと張り付いている。反してその顔は凹凸のしっかりとした綺麗な顔立ちをしていた。
しかし彼女に生気は無い。とうの昔にあちら側の住人になっている。この世ならざるものの雰囲気に支配されていた。
「ぜんぶ、わたしに、かえして、もうここにいたくない。あなたをまっていた。だから、」
最後まで言い切る間にみるみるうちに黒い煙を足元から上らせ、目は真っ白に変わった。
『消えるのはおまえだ。私はこの女の体を乗っ取っている。おまえは手出しできない』
「かえして、すべてを、もとに、もどして。じゃないと、わたしとかれは」
足を止め、ギギギと上を仰ぎ見る。呪文を唱えるようにして口元を動かし、指を小刻みに震わせている。
『その電話を早く捨てろ。遠くへ!!』
頭の中に声が響く。土だらけの私の手の中には穴を掘って取り出したスマートフォンが握られていた。きしむ腕を曲げながら画面を見たら、ヒビだらけで使い物にもならないものだった
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