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静かに後ろを振り向き帰ろうとすると、
「雨野さんもたまに来るんだよここ。君が入り浸っているとこのマスター。知ってるよね。俺の昔からの知り合いでね。たまーに一緒に飲んだりするの」
「マスターのこと言ってるんですか? だったら雨野じゃなくて夜野だと思うんですけど」
「だから今そう言ったでしょ。君はそこに遊びにきた女の子の話を聞いて僕を探したんだってね。雨野さんから聞いた」
「よるの……」
「名前なんてなんでもいいよね、話の内容で分かれば」
まじか。なんなんだろこの人。ちょっとなんか変な気がする。
湖は若干の違和感を感じた。
マスターも知ってるならなんであの時話に加わってくれなかったんだろう。そういや含み笑いしてたっけ。にやつきながら「へえ。面白そうな話ですね」なんてしらきってた。
面白がってたんだ。 そう思うと悔しくなってきたのだった。
「ま、とりあえず入ったら。そんなとこにいないでさ。何もしないし。コーヒーくらいは出すよ」
鉄の扉を足で抑え、警戒している湖に声をかけ、猫らを中に入れていた。
男の足元では母猫が相変わらず警戒した様子で湖を細い目で睨んでいるが、尻尾は面白がるようにパタパタと床を叩いている。
ちらっと後ろを向いて帰るか中に入るか考えた。
とりあえずここまで来たからには入ってみる価値はあるだろう。それにマスターの友達なんだったら何かあるはずがないだろう。
それに、ナニモシナイって言ったし。どうせなにも無くなるものはない。そもそも全てを無くしてしまったんだから、今さら惜しいものもない。
なんだかむなしくなってきた気持ちを押し殺し、意を決し、子猫の後を追って中へと進んで行った。
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