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「捨てないで! 捨てちゃダメ。上に、そこにもあるから」
高宮さんの声に混ざり、違う人の声も混ざる。
私の視界は相変わらずモノクロだけど、ざざっと時おりカラーになりはじめた。
『うるさい! 捨てろ!』
見上げた視線の先、緑に茂る草々が覆い被さるように光を遮っていた。
『みるな! まずはこの女を始末しろ』
草々の合間にちらりと見えた透明の袋。揺れる木々の音に混ざりながら、上のほうにくくりつけられている袋が目に入った。猫になった気分だ。遠く小さく揺れる袋に焦点が合った途端、ズームしたように目の前に大きくそれが現れた。
白いスマートフォンだ。ところどころ黒ずんでいるのは血のあとだろうか。
あれだ。あの電話が探し求めているものだ。
木登りは得意分野だ。それこそジャッキーのビデオでなん十回も見て覚えた。
足の親指と人差し指を開いて掴むように登る。竹登りの時はそれだけど、木だって同じようなもんだ。通用するはずだ。
『登るな!』
頭の中に入り込んできた高宮の声に耳の奥がきんきんする。耳を押さえた。が、片方の手は動かない。
「出雲さん」
そうだ。私のすぐ近くには出雲さんがいるはずだ。乗っ取られるわけにはいかない。湖の意識が段々と戻ってきた。
「僕がいることにやっと気づいたの? 遅いよね。何回も呼んだのに君はまったく聞く耳を持たないし。まあいいよ」
耳に届く出雲大社の声。体が何かに弾かれた。目の前がカラーになる。
「見つけました!」
「知ってる。じゃ、ジャッキーのビデオで修得してきた技を惜しげなく発揮して取ってきてくれたまえ」
「てか、出雲さんどこですか? 見当たらないんですけど」
「あれ? 君まだ気づいてないの? 僕は君の側にはいないよ。僕はこの森には入れないからね。でも大丈夫」
またしても意味不明な大丈夫発言に、嫌な予感がして心臓が止まりそうになった。
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