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「私、あなたと付き合うのやめるね。ふふ。もっと他のものが欲しくなっちゃったんだもん」
「殺す気か。そんなことできないだろ」
「できるよ。ほら」
指差す方向には既に死体にとなってしまった自分の彼女が横たわっている。
「やめろ」
後ずさる。
「やめないよ。さっきのは不慮の事故、でも今回は殺す。どうする? 逃げてみる?」
挑発する本野裕子に、結局女だ。大丈夫だ、と言い聞かせる藤巻春は怖さを払拭するように目の前の殺人鬼を睨む。手に力を入れて前に踏み込んだ。
びくりとした隙に包丁を奪い取ろうという計画だったが、不覚にも本野裕子はびくりともしなかった。薄ら笑いを浮かべて首をかしげている。
「大好きだよ」
本野裕子は包丁を両手に握りしめたまま藤巻春の懐に一瞬にして入り込んだ。一瞬のことに藤巻春は何もできなかった。
強く握りしめた包丁を藤巻春の腹深く深くに突き刺しながら、ずぶずぶと肉が沈む感覚を楽しみながら差し込んでいく。顔は不気味にひきつっていた。
藤巻春は痛さと恐怖に思考が止まった。
懐に入り込んできた本野裕子を抱きしめる形となり、既に息絶えて転がっている彼女の死体だけを見て、ごめんね、ごめんねと言いながら視界が霞んでいくのを意識の片隅で感じていた。
「やっと抱きしめてくれた。嬉しい」
本野裕子が藤巻春の胸に顔をうずめた。それを薄れ行く意識の元で感じながら藤巻春の視界は闇に支配された。
彼が次に気づいた時、先に殺された彼女の高宮と共にこの森、この場所に横たわっていた。
彼女は呆然と自分の死体を見下ろしていて、ぼろぼろと涙を流していた。
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