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昔から夜が嫌いだった訳じゃない。
今だって、夜、外を出歩くのが嫌いって訳じゃない。
もちろん、田舎だった実家と違って、半都会のこっちでは、夜、無防備に外出するのは感心出来ないだろうけれど。
あの男。
梶原隆と知り合ってから、男と会うのが、ほとんど夜だったせいか。
それとも雑音が消えて、空気がつんと冴え渡る夜には、容易に、あの男との過去に思考が捕らわれてしまうからか。
夜を迎えるのが怖くなった。
人と接するのは嫌いじゃない。
けれども、深く付き合うのは怖い。
あの男も最初は親切だった。
5年前、医療事務の仕事をしていた頃、希望先とは全然違う、病棟クラークとなってから、当然孤立していた佳梛に唯一優しくしてくれた外科医だった。
雑用係と勘違いしてる医師や看護師が多い中、淡々と接してくるものも勿論いたけれど、優しかったのはあの男だけだった。
元々、人付き合いは苦手、友達も少なくて、なのに独りは寂しくて。
愚かにもあの優しさにすがってしまった。
あの男は、そんな佳梛を知っていたのか、いつの間にか、奥深くに入り込んできていた。
もうどうにも引き返せないところまで佳梛を追い詰めて。
精神的にも肉体的にも支配した。
正しいことも正しくないことも、いつだってあの男が答えで。
何が幸せで、何が不幸なのかさえ分からなくなってしまって。
それでもよかった。
独りじゃないなら。
今なら分かる。
あの頃のあの男との関係は異常だったんだと。
完全に依存しきって、支配されきっていたんだと。
自分がなくなるほどに。
今でもあの男の夢を見る。
もう二度と会いたくないと思えば思うほど。
自分が消えていく感覚に、全身汗びっしょりで、目覚めてもしばらくは、震えが止まらない。
何かにすがり付きたくても、夜の闇は冷たく佳梛を突き放す。
もっともっと落ちていけばいいと。
だから夜は余計怖い。
だから、あの男と再会なんかしてはダメ。
他人に深入りしてもダメ。
佳梛は独りで生きていく。
最初から独りなら、独りになることを恐れなくてもいいんだし。
あの恐怖を忘れたりは出来ないから。
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