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あの男と出会ったのは、一月ほど前。
佳梛が仕事の休憩時間に住みかにしてる、誰も寄り付かない裏庭に、ある日突然現れた。
まあ、予告して現れるなんて事はまずないのだろうけれど。
きれいに整備された休憩場所なら、この広い総合病院の敷地内には、たくさんある。
だからわざわざこんな寂れたところに来る物好きはいない。
佳梛以外には。
なのにその日は先客がいて。
そのまま回れ右をして、去ろうとした佳梛を呼び止める。
「逃げるのか?」
出来るだけ他人とは関わらないようにしているのに。
その挑戦的なセリフに思わず立ち止まる。
「ここが君のいつもの場所なら、逃げる必要はないだろ。」
顔を上げると視線が絡む。
「…。」
威圧的なオーラに圧倒される。
長い手足に少し冷たく感じるくらいの、綺麗に整った顔。
緊張感漂う空気に、声も出せず、吸い込まれるように見入ってしまう。
「とりあえず座れば?」
「……。」
何の反応も返さない佳梛に、男の切れ長の瞳に苛立ちの色が混じる。
慌てて、ベンチに座る。
出来るだけ小さく。
出来るだけ男から距離をとって。
そんな佳梛に男は思わずといったふうに、ぷっと吹き出した。
あれ?この人。
笑うと目つきが優しくなって、空気が変わる。
息ができるようになったみたいに。
緊張感から解放されて、流されるように佳梛も微笑むと、今度は男が、佳梛に見入っている。
「あの…、」
スッゴクいたたまれないんですが。
「そんな顔もできるんじゃないか」
男は言う。
私の何を知ってて、そんなことを言ったりするんだろう。
「それ、食べないのか?」
私が持ってる包みを指して言う。
確かにお弁当なんだけれども。
男は昼休みだろうに、そういうものは持ってきていない。
食べに行ったりしないのかな。
早く行けばいいのに。
そんな佳梛の心の声が聞こえたかのように、男が答える。
「俺の事は気にしないで食べろ。
明日は、俺も何か持ってこよう。」
佳梛の願いも空しく、男は立ち上がる気配を見せない。
昼休みは限られているんだから。
仕方なく、佳梛は包みを開ける。
夕飯の残りと有り合わせのお弁当は、あまり人に見られたいものじゃないけど。
っていうか、食べにくいんですけど。
目で訴えてみるけど、にっこり微笑み返されるだけ。
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