第1章

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教室の戸を開けたら、そこには私がいた。 セーラー服のプリーツスカートは、ふくらはぎ丈が決まりだった。 でもウエストをくるくる巻いて、少しひざを見せていた。 太ももが見える子もいたけど、私にはひざ小僧が精一杯。たまにウエストを一回だけ多く巻いて、自分のスカートの短さに焦り、戻したりした。 彼は、ピアノを弾く人だった。 地味で、愛想もなく、変わった人だった。 少しやせ気味で、背丈は普通。お世辞にもカッコいいとは言えない彼だったけど、受け答えの妙というのか、言葉の選び方が独特で話していて飽きることがなかった。 そして、好きなものがはっきりしていた。 彼の好きなものはピアノと、そして私だった。 彼のピアノを知ったのはいつのことだったか、忘れてしまった。 彼はクラスのみんなが思うような無口で地味でさえない男子じゃなく、やや繊細さは欠くけど素敵なピアノを弾く人だと知ってもらいたくて、私は彼を校内合唱コンクールでの伴奏者に推薦した。当然、みんな驚いていたけれど。 多分私は見せびらかしたかったんだ。みんなの知らないこんな彼を、私は知っているんだよ、と。 あの曲弾ける? 女の子って、音楽できる男子が好きなんだと思う。彼はいろんな子から話しかけられるようになった。 休憩時間に、よく弾くのをねだられるようになった。いろんな人とおしゃべりをするようになった。 彼のピアノが、彼が、私だけの秘密じゃなくなってしまった。 私が、そうしたんだ。 彼のいちばんに戻りたかった。 あまり知らない曲のことも、よく知ってるかのように話した。 苦手だったピアノも、彼と弾くために、約束した導入部だけを黙々と練習した。 必死だった。 彼を失ってしまったような気がして、必死に取り戻そうとしていた。 無自覚だったけど、必死すぎた。 尽きなかった彼とのおしゃべり。それが息苦しくなってしまうまでなんて、あっという間だった。 さよならは一瞬。 彼は、急すぎて訳がわからなかったと思う。 私も自分でよくわからなかったから。 私がさよならを告げてる間、彼は、消えそうな声で、うん、うん、と繰り返していた。 いつも私の隣にいてくれたのに。 いつも私の好きなピアノを聴かせてくれていたのに。 彼の視線は、ぶれることはなかったのに。 教室の戸を開けたら、そこには、彼を想う私がいた。 彼の弾く、素敵なピアノを聴きながら。
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