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おれの躯は黒かった。小さかった。泥まみれだった。生まれつきだった。どれだけ躯(からだ)を鍛えたところで鋼(はがね)の躯を持つ彼と同じになれるわけじゃない。それはおれが冑蟲(かぶとむし)じゃないからだった。
おれは頭も悪かった。足りなかった。まわらなかった。死ぬまでどうしようもないことだった。どんなに空を夢見たところで颯(はやて)の翅(はね)を操る彼女と同じに飛べるわけじゃない。それはおれが蟻だからだ。
そいつを厭(いや)だとか、彼らと同じ躯に生まれてきたかっただとか、そういうことに気がいったことはない。おれはいつだってこのままがよかった。今までどおりに生きてくたばれば、たぶんそれで満足をする。
右の蟻がいった。僕たちの命は軽い、と。左の蟻もいった。私たちは奴隷だ、と。そういう言葉を聞くたびにおれは自分のことがわからなくなっていった。
蟻は蟻だ。蟻以外の何者でもない──誰かがいった。些末な命でも粗末な暮らしでも、君たちはまず蟻に生まれてきたことを誇りに思わなくちゃいけない。
いったい誰がそんなことを思うんだ?──右と左の蟻がいった。後ろの蟻もいった。おれもいっていた。お前もおそらく同じことを思っている。違うか? そうだろ?
軽い命のせいで僕たちはどんな目に遭わなくちゃいけないんだ? 私たち奴隷のおかげで得をしているのはどこの誰? おれたちがもっとも忌むべきことは蟻に生まれてきたことなんじゃないのか。違うか?──いや、そうに決まっている。
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