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おれたちには顔がない。名前がない。歓びも悲しみもない。それはつまり、闇だ。ひと筋の光も届かない黒々とした世界がおれたちのすべて。支配の下で生きるしか能がないちんけな命。
闇だの光だのなにをいってるんだ。僕も君も蟻じゃないか──みんながみんな、口にした。闇に暮らしているのに闇の正体を知らない愚か者。光の世界を辨(わきま)えている者など、ここには誰もいやしない。
頭のなかで誰かが喚く──逃げだせ。こんなところに未来はない。ろくに顔も知らない主のために、ただでさえ薄っぺらい魂を磨り減らしてどうする。心の翅を揮(ふる)わせろ。
それとも脆く愚かで薄汚いだけの人生はそれなりか? 生きることの旨みはこんなもんじゃない。なにもできやしないと思う前になにができるのか、微々たる脳味噌を使ってよく考えてみろ。
さっきからなにをとち狂ったことをいっている。逃げだせ? 未来? 旨み? 虚言(そらごと)を口にするのもいいかげんにしろ。従うことのほかになにもできないおれたちの頭で、そんなものが理解できるわけないだろう。
力も賢さも美しさもおれたち蟻には無用だ。今だって誰かの命令を待っている。邪魔立てをするな。おれたちはそういうふうにしか生きられないんだ。
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