第1章

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 教室の戸を開けたら、そこにはまたしても違う時代の風景が。  今度は場所すらも違う。高校二年生の頃の学校の廊下だった。外は相変わらずの雨。それを見ただけでいつの日かが分かる。何があった日か分かる。いや、私が思う日であってほしいと願っている。多分……叶う。だって、この温度――炎天下からの突然の夕立に特徴的な立ち昇るような蒸し暑さ。間違いない。  二階の廊下から階段を使って玄関まで降りる。そこにはやはり……。 「よう。傘持ってきてる?」  待っていたかのように現れる彼。分かっていて聞いているようなセリフ。 「持ってきてないから濡れて帰るしかないわ」  またしても当時と同じセリフを吐く私。同じ中学、家もそんなに離れていない。この時の私は相合傘に憧れて、期待して、彼にこう言ったのだ。しかし――。 「ぼくの置き傘使っていいよ」 「え、でも」 「いいんだ、ぼくんち、近いから」  家の場所は知ってる。近くなんかない。彼は私に傘を押し付けて走って帰った。  当時私と彼が付き合っているという噂が流れており、気にした彼が相合傘をしたくないがために吐いた嘘だった。私は、すぐにそれを理解していた。それでも私を雨に濡らさないように気遣う彼に恋心は膨れ上がる一方だった。  観音開きの学校の玄関は彼が出て行った後に自動的に閉まる。ガラス扉越しに見える、雨の中を走っていく彼の後ろ姿は、跳ね上げるグラウンドの泥水で汚れていた。汚いはずのそれは、なぜだかそれまで見たどんなものよりも綺麗に思えた。今見ても、やっぱりこれより綺麗なものは無いと改めて思うほどに。  この時に借りた傘は、結局返す機会を逃し続け、いまだに私の家にある。私の一番の宝物だ。もしも彼から他にプレゼントでも貰っていたのなら、それが一番の宝物になっていたかもしれないけれど、残念ながら何もない。  玄関扉を開け、外に出る。すると、そこはまたしても違う景色に包まれていた。
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