第1章

5/6
前へ
/6ページ
次へ
「おそーい! 大遅刻だよー!」  突然声をかけてきたのは、大学時代の友人だった。実に二年ぶりだ。 「服は……良いけど。何で髪の毛なにもしてないの? 化粧もしてないし。結婚式なんだから、ちゃんとしなきゃー」  私の知らない風景。結婚式場。  雨なのに、バージンロードを退席する際に外へと出られるアーケードが設置されている。私は、今まさしくそこに現れたのだ。皆フラワーシャワーの準備をしている。 「ほらほら、あんたも早く並んで」  強引に列に加えられた私は、花びらを受け取る。 「それでは、参列された皆様より、祝福のフラワーシャワーです」  ブライダルスタッフの一言により、新郎新婦がチャペルより姿を現す。  彼は幸せそうな笑顔で。また、新婦も人生の喜びを全て得たかのような姿で。  おめでとうおめでとうと皆が皆、口をそろえて言う。参列者も全員笑顔だ。友人、親族が幸せになっているのだ。嬉しいに決まっている。  私だって彼が幸せになるのは嬉しい。でも、そこには私が立ちたかった。隣は私が歩きたかった。腕を組みたかった。  さっきまで経験していた不思議な体験。それはやっぱり後悔であり、私の人生の全てのようなものだった。汚したくない思い出だから同じ行動も取った。もしかしたら、あの不思議な空間で違う行動を取っていれば、違った現実に変わっていたかもしれない。有り得ないけれど、そんな妄想もしてしまう。  小雨は振り続ける。  本当に好きだった。いや、今でも好き。なら――  今だけは笑っておこう。  彼の幸せを願うなら、今だけは笑っておこう。辛くても笑顔でいることは、社会に出てから身に付けた。  笑顔とフラワーシャワーを振りまく。目の前に来た彼も笑顔で、来てくれたんだ、と言ってくれる。私も笑顔で送った後、一人アーケードの外に出て、小雨のなか空を見上げる。化粧をしていなくて良かった。雨で流れることは無い。  私は、形だけ張り付いたこの笑顔が流れるまで、薄い雨雲を見つめ続けた。 「今の私……汚いなぁ……」  顔がくしゃくしゃになる。多分、まだ笑顔が流れ落ちていないんだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加