第1章

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 女子トイレに監禁された時にそれを痛感した。助けを呼ぼうとする気配を察知して、口を塞がれる。そして何をするでも無くただ微笑んで僕を見ているのだ。  その時の手段はこのようなものであった。   その日僕は遅刻して、健全な男子生徒らしく元気一杯に廊下を疾走していたのだが、女性の叫び声が聴こえてふと足を止めた。「哀川くんっ!」と助けを求める声が女子トイレから聴こえた。 「どうかした?」 「紙が、紙が無いのよ!」 「何とか、拭くのを我慢出来ないのかな?」 「そんな事をすればこれから生きていくのが辛くなるばかりよ!」 「それもそうか…。分かった。誰か女子を呼んでくるよ」 「待って!それを待ってる間に授業に遅刻してしまうわっ!そんな事になったらわたしはもう生きていけないっ!」  なんと崇高な精神を持った女性だろう?しかし僕が女子トイレに入る訳には…。この考えを見透かしたように女は言った。 「大丈夫よっ。他には誰も居ないから!トイレットペーパーは入り口に直ぐの所にあるから、お願いしますっ!」  仕方ない。人助けだ。僕はトイレットペーパーを手に女子トイレ内へと浸入した。 「持ってきたよ。何処?」 「此処よっ!」  声がする方へ行くと、「そこで止まって!」という声。 「上からそれを投げて頂戴」  言われた通りにトイレットペーパーを上に投げた瞬間、扉が開いてトイレの個室の中へ引き摺り込まれた。 「黒川さん…?」 「そう、貴方達文研の会長である黒川泉よ」   僕は便座に座らせるような格好で、黒川さんはその前に立ち腕を組み微笑んでいた。 「紙、大丈夫なの?」 「ああ…あれは嘘よ。哀川くんを此処に引き込む為の芝居。変だと思わなかった?貴方は声も発していない。なのに、わたしは貴方と断定した叫び掛けた。そう、貴方が遅刻してくる姿を教室から見ていたわたしは体調の不良をクラスメイトに伝えて、貴方がこちらに向かってくる時間を予測して此処に入っていたの」 「何の為にそんな事を?」   騙された。まやかしの崇高な精神に騙された。 「知らなかった?わたしは貴方の事が好きなのよ。だから山田の提案に応じて、文研を作ったの」 「好きって…。今日初めて話したのにそんな事無いだろう?」 「一年生の頃からわたしは貴方をずっと見てた。ずっとよ、ずっとずっとずっと…」
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