第二章 お仕事しましょう

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「へ?」 わたしはちょっと首を傾げた。そんなリスト、あったっけ? 「簡単なものですけど、ざっと作ってみたんです。セリさんって、リストとかメモみたいなもの、全然見ないで作業するんですね」 「うーんまぁ、そうだね…。大体、その辺は頭の中に入っちゃってるからなぁ」 「確かにそう言えば、この子が作業中にメモとかプリントアウトとか持ってるの、見たことないな」 清原さんも同意する。そこへ、それまで黙々と手を動かしながら話を聞いていたバーのマスターが、ふいに口を挟んできた。 「この人、本に関してだけ異常に記憶力が働くみたいですね。それ以外のことについてはむしろ普通より適当というか、雑な感じがしますけど」 「雑…?そんな言い方するかな」 失礼な表現につい反射的に言い返しつつ、横をふと見ると野上が怪訝な表情でマスターとわたしを見比べているのに気づく。そうか、おそらく、来店してからその時までわたしとマスターは一言も個人的なやり取りもしていないのに、急に距離感ゼロみたいな会話になったから、不審に感じたのかもしれない。 実はわたしとここのマスター(市井くんと言う。わたしは下の名前で友明と呼ぶことが多い)は、彼がこの店を開く前からの知り合いなんである。清原さんは何度もこの店に来ているので、とっくにそのことは知っていて、突然の市井くんの参加にも動じることなく自然に受け応えた。 「まぁでも、そのくらいでちょうどいいんじゃない?何に対しても全部びっちり細かかったらとてもじゃないけど続かないよ。普段ちょっと抜けてるくらいでバランス取れてるんだよ。それにさ、反対よりはるかにいいよ。仕事が雑でプライベートが細かかったらさぁ」 「最悪ですね」 「てかそれは多分もうわたしじゃないっす」 などとわぁわぁ喋りまくった挙句、清原さんが酒がやや回ってきたところで一旦お開きに。今日は作業もたくさんあって疲れてるし、更に翠文堂さんは明日も今日の続きで大変ですからね。タクシーをお呼びして、店の外まで野上と二人で清原さんをお見送りした後、店内に戻ってほんの少し飲み直し。 「な…、セリ、さっきのと同じでいいの?」 戻ってきたわたしたちに市井くんが声をかけ、わたしの目の色を見てちょっと慌てた様子で早口で聞いてきた。 「いやもう、そのままコーヒーでお願いします」 「あー、接待タイム終了だからね。了解」
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