第二章 お仕事しましょう

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「翠文堂さん、約束何時ですか?」 「十時くらいって言ってたけど…、ちょっとメールして確認してみる」 「俺、車出しますよ」 「あー、そうだね。いつも翠文堂さんの車に同乗させてもらってたけど、結局いつも荷物すごくなるから、うちから直に車で行った方がそりゃいいよね。じゃあ、それも連絡しとかなきゃ」 「じゃあ俺、車取ってきます」 「ごめんね、よろしく」 部屋を出て行く後ろ姿に軽く手を振った。 それじゃあ今日は、遺品整理、一緒に経験させておきますか。 わたしの仕事は簡単に言うと、依頼人の方に代わって本を探すことである。そんなんあるのかって?他にもあるのかは知らない(多分結構あるでしょう)。わたしの業態の特徴は、古本探偵の事件簿的な、好事家が探す希少本が対象ではなく、文庫本や雑誌、コミックなど廉価なものを主に取り扱うところだと思う。何故なら、自分が読む本の守備範囲が元来その手のものだから。そして、雑誌はもちろんのこと、得てして文庫本などは結構足が早い。某密林さん等が出来た分、以前よりは品切れ本も探し易くなったけど、それでも雑本は古書カタログにも載らないし、体系立って探すのが難しい。結局は行き当たりばったりで片っ端から古本屋を探すのが一番早かったりもする。 そして、そうやって時間をかけて探しさえすれば、大抵の本はいつかは見つけることができる。もともと廉価本で、いくらあまり売れてない本でもそこそこの数はでているんだから当然だ。長年の古本探しの経験で、そういうことが感覚としてわかってきたのと、探し方のコツと勘が呑み込めてきたことが、これを仕事にしようと決めた動機ではあるのだが、一番の理由は何より、わたしはとにかく本を探すこと自体がすごく好きなのである。 いろんな古本屋に通って自分の欲しかった本を洗いざらい探し出してしまうと、そのうち行きつけの本屋の棚が全部、自分によってすかすかに荒らされた状態になってしまうのだが、他の人が探している本を代わりに探すことで、際限なく古本探しを続けていくことができる。それで始めた趣味のようなものだったのだが、謝礼を頂くことでだんだん収入の割合が増えてきて、伝手が増えると効率も上がるし、しまいには本業の余暇でこなすには注文が捌ききれなくなって、結局こちらを選んでしまい現在に至るわけだ。
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