第二章 お仕事しましょう

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マスターはカウンターを離れ、背を向けて飲み物を作り始めた。背中越しに聞いてくる。 「野上くん、次何がいい?まだ飲めそう?」 「あ、はい、同じのをもう一杯お願いします」 「ジントニックね。OK」 友明の背中を一瞥してから、やや声を落として野上はわたしに尋ねた。 「あの方、セリさんのお友達なんですか」 「ああ、元同僚。あいつも出版社の営業だよ、もともとは。ほんのちょっとの間だったけどね。あっと言う間にバーテンダーに転職しやがった」 「セリさんと同じ会社ですか?俺、会ったことないです」 「そりゃもう辞めたのだいぶ前だし…ん?」 返答しつつふと引っかかった。思わず野上に聞き返す。 「ちょっと待て。もしかして、君わたしに会ってるの?営業時代」 「はい、勿論です。ずっと憧れてました」 平然と当たり前のように答える。何が勿論だ。 「でもあたし辞めたのもずいぶん前だよ?三年…以上前かな」 「その頃俺もうあの書店で働いてましたし。一条さんとか店長とお話ししてるのを、よくバックヤードとか棚の後ろで聞いてたりして…。すごい潔い、さっぱりした気持ちのいい話し方をする人だなぁってずっと思ってたんです。セリさんが店に来るの、いつも楽しみで」 「はあぁ…」 少し呆れつつも、なるほどね、少なくとも野上の方はわたしに対して認識あったんだ。まぁまだよかった。会って一週間くらいの相手に「好きなんです!」とか言う人なんだと思うと、内心かなり引いてました。こっちと面識なくて一方的な認知でも、まだいいよね。 「でも、転職されて、店にいらっしゃるのも本当に間遠になって、なかなか会えなくなって辛かったです。どうしたらもっと会えるのかなぁとか、ずっと考えてたので、一条さんからお誘いの話を聞いた時は本当もう、嬉しくて…」 いつになく口の軽やかな野上。顔に全く出てないんで判りづらいけど、酔ってるだろ結構。酒お代わりしてたけど、大丈夫か。車は既に野上んちに置いてきたから、それは心配ないけど。 「酔っ払いに見えてきたけど、しっかりしてね。ちゃんと自力で帰れよ。女の子じゃないから面倒見ないぞ」 「大丈夫です、いざとなったらセリさんちに泊まります」 「やだよ!」 何言ってんだこいつ。 この辺でやっと、市井くんが飲み物を持ってカウンターに戻ってきた。一応こっちの様子を伺って、放っといて大丈夫かどうか判断しているようだ。
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