第二章 お仕事しましょう

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「そうなのかなぁ、まぁいっか。今は飲めなくてもそんなに困ることないもんね」 「空気で酔えるしな」 「安上がりですよね」 そうこうしているうちに、いつしかついに野上もカウンターに突っ伏して寝息をたて始めた。酒は割と強いです、と豪語してた気がするが、慣れない仕事を長時間して、初対面の人に何人も会って、長い一日だったろうから無理もないか。ちょっと頭を撫でてやった。 「これ、家に送り返すわ」 「お前の家?」 「ふざけんな。こいつの自宅。タクシーに乗せさえすれば何とか帰れるでしょ」 「動けるかな?二階で寝かせてやってもいいよ」 「それでもいいんだけど、疲れてるだろうから、出来たらちゃんと家で寝かせてやった方が…。明日も一応仕事あるし」 「だからセリん家で寝かせてやれば?」 「寝る場所なんかないよ!ソファじゃ身体ぐっきぐきになっちゃうし」 「はいはい。タクシー呼びますよ」 友明は電話の方へ手を伸ばした。わたしはそれを待つ間、野上のつむじの辺りを何となく見ながらちびちびと冷たい美味しいコーヒーを飲んでいた。 友明が電話を終えて戻ってきた。 「すぐ来るよ。もう一杯コーヒー飲む?」 「お願いします」 「それにしてもこの子、本当にセリが好きだね。なんか犬っぽいな」 成人男子を犬呼ばわりか…。 「一緒にこのまま仕事続けてたら、好きばっかりじゃいられなくなるだろうけどな。曲がりなりにも上司と部下なわけだし。きっとこれから、ムカつくことやイライラすることもいっぱい出てくるよ」 「それはしょうがないよ。仕事ってそんなもんでしょ。でも、ベースが好きの上にあれば、まあまあ何とかやってけるでしょ。それだけだいぶマシだよ」 なるほど、ものは言い様だね。わたしの方のベース…、は、好きって言ったらかなり言い過ぎな気がするが。多分、正確なところは「嫌いじゃない」か。でも、悪くはないよね。何しろ嫌いじゃないわけだから。仕事を一緒にしてく上では、まぁ充分でしょ。 タクシーが来る前に、少し酔いを醒ましたくもあり野上を叩き起こして店の前に出た。深夜過ぎのほぼ住宅街と言っていい場所は、全くひと気がない。店の前に置かれた、飾りとしか思えない頼りないベンチに腰掛けて車を待つ。
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