第一章 君はどんな人

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「セリさん、すみません!」 わたしはただぼんやりと、目の前で激しく土下座するその人を眺めていた。なんの前触れもなく、突然こんな状況に置かれたら誰だってそうなると思う。どういうリアクションが求められているのかわからない。間が持たないので、コーヒーを一口飲んでみたりして。 土下座する男、野上誠吾は、がばっと身を起こして必死の面持ちでわたしに訴えた。 「俺、セリさんを抱くのは、やっぱり出来そうにないです!」 「…はぁ」 どうしてそうなる? 彼は、振り絞るように声を出して、がっくり俯いた。 「…俺、女の人…、無理なんです…」 「なるほど」 そうですか。 わかります。そういう人、もちろんいますよね。君もそうだってことなんだね。 そこまではよく理解できます。わからないのはその先。 「でも、さぁ…、今ここで、なんでわたしにそれを言うかな。全然構わないけど…わたしにそれ、関係あるかな?この状況で…?」 自分の置かれている事態もよく飲み込めていないので、ひとまず現在までの経緯を整理してみます。ちょっとした時間稼ぎも兼ねて。 話は一カ月ほど前に遡る。 わたしは三年ほど前、それまで勤めていた会社を辞めて独立して事業を始めた。それまでしていた仕事は、弱小出版社の営業で、びっくりするほど給料は安かったけれど、自分ひとりの身の上でもあり何とかやってこられていた。辞めた理由は仕事内容や待遇への不満というよりは、会社に内緒でしていたささやかな副業が思いの外軌道に乗り、そこそこの収入が見込めるようになったため。本来微妙にコミュ障気味(自称)で会社勤めもなかなかしんどく感じ始めていたこともあり、ここがチャンス、えいやっ!とばかりに思いきって先の見えない自営業に身を投じたわけである。 幸い、時間と手間をかけて数をこなせばそれだけ収入が増える業態なので、結果的に転職は上手くいった。会社員時代よりだいぶ収入も増え、生活はゆとりができたのだが、逆に今度は仕事が忙しくなり、顧客も増えて、次第に注文をこなすのが追いつかなくなってきたのだ。そこで、そうだ、他人に任せられる分は任せよう!初めて人を雇うぞ、と決意したのだった。それが一カ月前のこと。
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