第三章 ふたりで旅を

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「セリさん、寝ててもいいですよ」 軽やかにハンドルを捌きながら、野上は親切に言った。あくまで機嫌の良さそうな運転の様子を表したイメージであって、捌くっていうほどハンドル操作が要求される道ではないのだが。ここは高速道路、より具体的にはいわゆる関越道である。 わたしは助手席に深く背を沈めた。 「大丈夫、眠くない。昨夜は割にちゃんと寝たし…。実際、わたしあんまり車で寝たことってないんだよね」 「はぁ…、運転手に気を遣って、ですか?」 「そうだったらちょっと美しい話だけど、単純になんか眠れないんだよね。だから、うざったくて悪いと思うんだけどずっと起きてるからさ。あまりわたしのことは気にしないでいてくれるとありがたいよ」 軽くそう言うと、野上は真面目な声で真正面から返してきた。 「うざったいなんて、そんなこと…絶対ないです。セリさんが起きてずっと隣にいてくれたら、それは勿論その方がいいに決まってます。でも無理しないで、疲れたら遠慮なく休んでください」 「あ~…ありがとうです…」 そんなに真っ向から返答されると返しようがないというか、身の置き所に困る。 そもそもなんだってわたしは、この気持ちのいいとも言い切れない中途半端な空模様の六月のど平日、野上のプリウス(正確に言うと実家の車)でふたり遠出などしているのか。当然プライベートではない。これは仕事だ。 ことの始まりは少し前に遡る。 「ここが君んちか」 「はい」 前回の話の遺品整理の後、翠文堂さんと再集合約束の上現地解散したのちにわたしと野上はこの車で彼の自宅へ向かった。目的は車を野上の自宅に返す(この後ご存じの通り酒が入るため)ことと、もう一つはこの日の戦利品をひとまず野上家に運び込むことである。 「やっぱり…、ひっろいな。さすがだね」 「さすがって何ですか。大して広くないじゃないですか」 「いやいや大したもんでしょ」 わたしは唸りつつ、つくづく屋敷の外観を見渡した。 首都圏田舎方面出身者としては、確かにこのサイズの一般家庭は近所にまあまあある感じ。ちょっと大きめの母屋、やや小さめの離れ、それらを囲むようにざわざわ生い茂った木々。実際、うちの実家周辺でなら、古い農家あたりによくある広さ(農地は除く)だが、ここは都内、しかもいわゆるステータス付きの一等地である。 これは相続税が大変そうだね~(心の声)…。
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