第一章 君はどんな人

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「伝わってなかったんだね」 「すっすいません…。わーセリさんのご自宅だと思ったら、舞い上がってしまって…」 野上の顔がサーッと音を立てて面白いほど青ざめていく。ちょっと可哀想な気もするが。 「そりゃ改装も全然間に合わなくて自宅そのものだけどさ…。普通思わないだろ、誘われたって。時間だってまだ早いし(午後七時過ぎ)。コーヒー飲むか?って聞いた途端土下座された相手の気持ちも考えてくれ…。ここだって一応、完全にプライベートな空間は鍵がかけてあって、入れないように分けてあるからさ…」 「すっすいません…本当に失礼なことを…」 「いやもう土下座しないでね、頼むから」 一応念を押すと、ヤツはますます身を縮めて、声を細くした。 「俺、クビですかね…」 ちょっと哀れか。 わたしは当初の予定通りキッチンに立って、コーヒーを淹れることにした。まぁ自分が飲みたいだけなんだけど。ふたつカップを持って戻ってきて片方を彼に手渡す。それからコーヒーを一口飲んでから、身も世もなく縮こまっている男に声をかけた。 「まぁ…、いいよ。大したことじゃないし、仕事上のことでもないし。何より、女に関心ないってことは、今後そういう問題がわたしと君の間に起こることは絶対ないってことでしょ?それはそれで、安心して仕事できてかえっていいような気がする。考えてみれば、曲がりなりにも男女が二人で仕事するわけで、そういうことがないって最初からわかってるってありがたいし、助かるかも。だからまぁ、今更また新しい人探してその人がまともかどうかに賭けるよりは、君のヘンさに我慢する方がリスクが少ないかな、と思う」 考え考え、それだけ言って、まぁこれで何とか場も収まったかな、ととりあえずコーヒーを飲む。すると彼は、両手で持ったマグカップの中身を冷ましながら(猫舌か)、ポツリと口にした。 「でも、俺、セリさんのことが好きなんです」 …。 「ゲイなのに?」 「ゲイかどうかわかんないんですけど、今まで付き合ったのは全部同性です。でも、セリさんのこと、好きになったんです」 …わかんない…。 面倒くさいから、もうやっぱクビにしとこうかな…。
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