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短い曲が終わり、音楽室には再び静寂が戻った。
「……だから言ったろ、下手くそだって。曲にすらなってなくて、情けないな」
自嘲気味に笑い、空が口を開く。
「でも、すごく嬉しい。今まで、自分だけの曲なんてなかったもの。ありがとう、芹澤くん」
空とは打って変わり、絢芽はノートを抱きしめながらお礼を言う。
「ね、曲のタイトル。どんな意味なの?」
絢芽に聞かれ、空は照れたように呟く。
「『Iris』……英語で、『あやめ』って意味」
空の答えを聞き、絢芽は今までで一番嬉しそうに微笑んだ。
「芹澤くん、ありがとう。本当に、ありがとう」
絢芽の微笑みが、だんだん霞んでいく。空も悟っていた。これで最後なんだと。
「芹澤くん、約束して。私が消えても、曲作りを辞めないで。お願い、約束……」
その言葉を最後に、絢芽の姿は消えた。ノートの落ちる乾いた音が、やけに耳に響いた。
「全く、しょうがないなぁ。最期まで、我儘なやつだ」
小さく呟き、空は地面に落ちたノートを拾う。それは、絢芽との約束の証だった。この約束がある限り、例え会えなくても絢芽と繋がっていられる気がしていたのだ。
それから一年が経ち、空は三年に進級していた。
「空、大学行かないのか?」
「あぁ、やりたい事があるんだ」
周りがまだ進路を悩んでいる頃、空は既に進路を決めていた。
あれから空は、ある作曲家に師事していた。今日も休み時間に、課題で出された曲を無心で作っていた。
「……新しい曲、出来そうですか?」
空が視線を上げた先には、懐かしい微笑みがあった。
「まだ全然、ダメ出しされてばかりだけどな」
ニッと笑い、空はそう告げた。空の言葉に、絢芽は嬉しそうに微笑んだ。
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