第1章

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 ある晩、空は絢芽にあるものを持ってきた。それは手のひらに乗るような、小さな小箱だった。 「芹澤くん、これはなぁに?」 「いいから、開けてみて」 絢芽は不思議に思いながら、箱を開けてみる。中から出てきたのは、ピアノの形をしたオルゴールだった。 「これ、どうして…」 「幽霊の事はよくわからないけどさ、みんなが学校にいる間退屈だろ?何か、気晴らしになればと思って。その、女子が好きなものとかわかんなくて」 驚いたように自分を見る絢芽に、空は少し照れたように言う。 「ありがとう、芹澤くん。私、すごく嬉しい!」 「そ、そっか、なら良かった」 嬉しそうにお礼を言う絢芽に、空はほっとしたようにはにかんだ。 「幽霊って、何も触れないんだと思ってた。物は触れるんだな」 「そうね。強く思えば、触れるみたいなの。でも、実体はないのよ。その証拠にほら、普通に触ろうとしても、触れないでしょう?」 そう言うと、絢芽は空に手を差し出す。確かに触れたはずのそれは、虚しく宙を彷徨う。 「それに、人に私の姿は見えるけど鏡には映らないわ」 音楽室の姿見に映ったのは、誰もいない空間だった。空は改めて、絢芽と自分は住む世界が違うんだと実感した。こうして普通に話していると忘れそうになるが、絢芽は幽霊なのだ。空は何とも言えない、複雑そうな表情をした。そして、寂しそうに微笑む絢芽と目が合った。その夜は、二人の間に会話は生まれなかった。  それからも、そんな生活がひと月ほど続いた。相変わらず、空は夜中にこっそりと音楽室を訪れていた。そして、絢芽はいつものように空にピアノを聴かせるのだった。
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