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肩をトントンと叩かれて、名前を呼ばれた。声が出なくて、目を開いた。そこは白かった。『闇』とは対照的過ぎで、目にまぶしい明るさだった。
「いお!!いおわかる?ばあちゃんだよぉ」
おばあちゃんか、そうか、おばあちゃんが呼んでいた。ナース服が見えた。医者か?医者と思しき人が、何やらごそごそとしていた。
ここは、病院。俺の名前は、「中島伊織」。歳は、18歳。高校三年生。
『闇』ではまったく浮かばなかった情報という情報が頭を過ぎていった。状況の理解も、なぜだかすぐに頭に浸透するようだった。
「よかった、いおりくん、よかった…」
しわしわの、おばあちゃんの手が、右手に触れたのが感じられた。声はなんとか出せそうだったけれど、父さんと母さんは?なんて問うことはしなかった。わかっていた。
俺の両親、中島秋羽と中島美沙は、一人息子の俺と家族旅行に向かう途中、交通事故にあった。つよい衝撃が、あった。のだと思う。俺だけ後部座席に座っていた。すぐに意識は途切れた。でもその意識を放り投げるその刹那、思った。俺も母さんと父さんと同じところに行けたらいいなぁ。
我ながら、両親に向かって夫婦みたいだよ、なんていうとは勘がいいんだなぁ、と思った。ヤジの呪うような言葉は、バツの悪さから来てたんだな、といまさらながら納得だった。今度会う時、絶対茶化す。そう決めた。
もう少し目を開いてみた。ばあちゃんの手には、一足の靴があった。
「かたみ、とられちゃったな。」
ぽつりとつぶやくと、ばぁちゃんがもっと泣いた。
きっと、体が生きようとしていることを、心が拒絶したから、俺はあそこに入れてしまった。けれど、俺はここに戻ってきた。
苦しかった。二人に会えないことも、胸が圧迫されて感じることも、全身が痛いことも、全部が俺を苦しめた。手放したいと思ったのもうなづけるわ、なんて妙に他人事の俺がいる。
でも生きろ、と二人は言った。それだけで前を向けるほど簡単な頭はしていないが、まぁ、泣いていてもしょうがないかな、なんて頭を動かす。これしか、苦しみから逃避する術がなかったのもあるけど、二人がそれでも生きろと言うなら、とりあえずは二人にここに戻されたことに文句でもいいながら毎日息をしていこうと思う。
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