第1章

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涙ながらに笑うこの顔を、俺はよく知っている。秋葉におぶさるよう抱えられ、ずるずるとドアに近づく。「戻ってすぐは俺たちを理由にしていい。俺たちのせいで戻らされただけだって思ってくれてもいい。でもきっと、そうしていくうちに、見えるものや手に入るものがあるから。俺たちが照らしてやれなくても、光をたどっていくんだぞ。」息を荒くしながら、秋羽が言葉を落とす。聞いていて辛くなってきた。だから、小さくしか声が出ないけれど、囁いた。「秋羽、もういいよ、歩ける、自分で歩くから」ふっと立ち止って、立つのを支えてくれた。秋葉の涙が痛かった。笑顔も、痛かった。 後ろから美沙が駆け寄ってきた。 「靴、ちゃんとあるから気にしないでね。そのままでいいから。」 こんなときに何言ってんだ、とは思ったけど、それは言わなかった。 でも、二人が二人、妬けるほど同じ表情だったから、それは茶化してやった。笑ってるのは俺だけだった。 「おまえら、まったく同じ反応だな。やけるよ、俺も仲間に入れてくれよ」 こんなになってもまだなにも思い出せない。情けなくなる。俺にわかってることは、この『闇』は俺にとって単に心地のいい場所以上のどこかで、ここを出たらこの二人には二度と会えないということだけだった。でも、それだけわかっているから、きちんと別れの言葉を言える。二人がここまで俺を帰そうとしてくれているのに、それを裏切ったら嘘だと思った。 すこしずつ、自分で扉に近づいた。もうあとは、あけるだけだった。 「よくわからんけど、ありがとうな、いってくるわ。」 「戻ってくるなよ。」 「次はないわよ。」 「夫婦みたいな返しをするなって。」 「馬鹿言ってんなよ、おまえ、向こう着いたら絶対後悔するよ。」 笑ってるけど、呪いみたいなことばだった。 「…嘘だよ。じゃ、いってきます」 「おう。」 「いたいけど、つらいけど、だめだよ、生きてね。待ってないから、きちゃだめよ。」 「ん。わかってる。」 「いってらっしゃい、いおくん」 その名前に、グワンと、胸をつかまれた。そのまま、『闇』から放り出された。 目覚めは、穏やかではなかった。 なんだ、この全身の痛み。 意識はまだはっきりしてなくて、痛みだけが存在をくっきりさせていた。 「いおりさーん!なかじまいおりさーん!聞こえますか―?」
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