旅人

3/4
前へ
/17ページ
次へ
教室の戸を開けたら、そこには、無限に広がる大草原があった。目の前で消えた、友の背中。僕を包んだ、あの強烈な光。 「……そう、僕はいつも通りに教室にいたんだ」 僕の答えに、ラウカは微笑んだ。 「たまに、貴女みたいな人が現れるの。住んでいた世界はチキュウだとか、もっとややこしい名前のところだとか、様々。共通してるのは、皆がいきなり見知らぬ異世界へと飛ばされたことだけ」 まるで、貴女みたいね?と少女は呟いた。小さいその声が、いやに響く。 ーーそんな、馬鹿な。僕は、本当に異世界に来てしまった? 「よ、よく出来た話だよな。あ、そうだ。部分的な記憶喪失だとか……実は夢、だとか……」 認められなくて、認めたくなくて、ぐるぐるする頭から必死に言葉を選んで紡ぐ。 「大体異世界でも他の地域でも、なんで日本語圏なんだよ?」 「……その点に関しては、反論させて頂戴な。私はそのニホンゴとか言うものは知らない。最初から、アリーク語でしか話していない」 ラウカは銀髪を払いのけ、憮然とした顔になる。 「否定するのもいいけれど、現実を見なさい。貴女がどう言おうと、ここはイアルディア。この世界で私は、魔法と剣とで今日まで生き抜いて来た」 「そんなこと言われたって……わかるわけない、じゃんか……っ」 ーーなんだよ、それ。 僕は尻餅をつく。空に輝く太陽も、通り抜ける風も、目の前に立つ少女も。全てがあまりに鮮明に、僕の目に飛び込んできて。 ーー異世界からなんて、どう帰ればいいんだよ……っ。 あり得ないだとか、そう言って済めばいいのに。悪い夢ならいいのに。 「……泣きたいなら、落ち着くまで待つわ」 ーーあぁ、だめだ。 無造作に頭に置かれた手は、暖かくて。その温度が、今が現実なのだと告げていて。 隣で、ラウカが軽く息を吸った。音外れに奏でられるのは、先程話に出た、旅人の伝説だろうか。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加