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それまでの俺は、例えば近所のお兄さんとか、学校の先生とかに、心ときめくことがあって、そんな自分に少しの嫌悪を感じても、あれは、親しい人だから。とか、あんな大人になりたい。とか、苦し紛れの言い訳で、やり過ごしていた。
なのに、谷木正春は俺のちっぱけな自尊心を見事粉々にしてくれた。
彼を見ると、心臓が跳ね上がって、胸が苦しくなる。
気が付けば、目で追ってしまう。
いくらなんでも、おかしいだろう。どんな言い訳も通じないくらい、彼の存在に名前を付けることができなかった。
彼と俺とでは、住んでる世界が違う。
彼の顔には、お日様が輝いているような笑顔がいつも張り付いている。
勉強だって、運動だって難なくこなすし、友達もたくさんいる。
クラスの女子どころか、こうやって意識してみると学年中の女子が彼の事を意識しているんじゃないかって思う。
彼の周りはいつも輝いていて、俺は暗闇の中から、その光を眺めているだけだ。
「相原?」
目の前の、谷木が不思議そうに、でも楽しそうに俺を見つめていた。
その声で、焦点が定まったみたいに、バッチと目が合ってしまって、体がだぁーっと熱くなってきた。
「な、なに?な、なんのよ、よう?」
明らかにさっきとは違うテンションで、同じ言葉を繰り返した。
「いや・・相原っていつも一人でさ。同じクラスになったのに、まだ、まともに話したことないなぁと思ってさ」
「別にクラスが同じだからって、話す必要なんてあるのか?」
「何言ってんだよ。いろんな人と知り合うチャンスだろ?友達とか作らないのか?」
「お、俺は、べつに・・いいんだよ」
ただ同じクラスってことだけで、自動的に機械的に話しかけてくれた。
それは、本当ならすごくラッキーなことだったはずなのに・・。
「じゃあ、もう俺と話したな。これで、コンプリートしたか?」
谷木は少し悲しそうな顔を見せたが、それは一瞬で、またお日様の笑顔を張り付けた。
「相原って、いつも本読んでるだろ?俺さ、図書委員なんだけどさ」
知ってる。お前が図書委員なのも、俺が図書室の地縛霊って、陰で言われているのも知ってる。
だから、いつも目で追ってしまうんだ。
地縛霊だから。図書室にいるのは当たり前だから。
ここでなら、安心して目で追えるんだ。
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