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***
気づいたら、わたしひとり。
気づいたら、相棒は三味線。
記憶を探っても
なにも残らない。
***
「ししょー!準備はいいですか?」
ここから見える河川敷は薄紅色に染まり、遠くからはうぐいすの鳴き声が響く。
わたしは、じゃり・と足元の石ころを踏みつけて後ろを振り返る。
振り返った先には何年かお世話になった家がある。
玄関先では、ししょー―――もとい、篠弥士(しのやつかさ)―――が旅支度の最終確認をしているようだった。
そばにはししょーの母親がいて最後まで世話を焼いているようだった。
(おばさんの世話焼きは一生モンなんだろうな…)
その様子を見てわたしは確信めいたことを思い浮かべた。
「ああ、おりん。今いくよ。―――母上!もうかれこれ20と4回は確認しましたぞ!」
「大は小を兼ねる、というから確認しすぎて損ということはないわ!」
「日が暮れるっての!!」
いつものやりとりに思わずわたしは笑みを漏らしてしまった。
ししょーには悪いがこれを笑わずにいれるか。
「母上、ちょっと……いや、大分おかしいですぞ。」
「いいじゃない、間違っていても。つーちゃんったらイケズだわ。」
「つーちゃ……おりん、行こう。もういい、行こう。」
ややいつもよりげっそりした、ししょーは、ははっ・と例えようのない表情でこちらに歩み寄ってくる。
まぁ・おばさんには悪いが野宿は避けたいのでそろそろ出発しよう。
ジャリジャリジャリ
「はい、ししょー。」
だいたい、おばさんに口で勝とうとするほうが間違ってる。
うん、そうだ。今度教えてやろう。
「じゃ・母上。行ってまいります。」「おばさん、今までありがとうございました。行ってまいります。」
「本当に気を付けていくのよ。この時世何かと物騒だから。ここはいつでも貴方達の家なんだから。」
家。
家……か…。
「ああ。」
ししょーは短く返事すると笠を深くかぶった。
なんだかんだいってやはりししょーだって寂しいのだ。
また、わたしは思わず笑みをこぼし、そして、ほぼ無意識に担いだ三味線を撫でる。
ししょーも腰に差した刀を撫でた。
今度こそ前へと道を踏む。
後ろから、クスリ・と聞こえてみれば
「行っといで!」
「「いってまいります!!」」
”母”の声に押されてわたしたちは道を踏んだ。
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