調律 トンシャン娘、決心する

3/3

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
*** 気づいたら、わたしひとり。 気づいたら、相棒は三味線。 記憶を探っても なにも残らない。 *** 「ししょー!準備はいいですか?」 ここから見える河川敷は薄紅色に染まり、遠くからはうぐいすの鳴き声が響く。 わたしは、じゃり・と足元の石ころを踏みつけて後ろを振り返る。 振り返った先には何年かお世話になった家がある。 玄関先では、ししょー―――もとい、篠弥士(しのやつかさ)―――が旅支度の最終確認をしているようだった。 そばにはししょーの母親がいて最後まで世話を焼いているようだった。 (おばさんの世話焼きは一生モンなんだろうな…) その様子を見てわたしは確信めいたことを思い浮かべた。 「ああ、おりん。今いくよ。―――母上!もうかれこれ20と4回は確認しましたぞ!」 「大は小を兼ねる、というから確認しすぎて損ということはないわ!」 「日が暮れるっての!!」 いつものやりとりに思わずわたしは笑みを漏らしてしまった。 ししょーには悪いがこれを笑わずにいれるか。 「母上、ちょっと……いや、大分おかしいですぞ。」 「いいじゃない、間違っていても。つーちゃんったらイケズだわ。」 「つーちゃ……おりん、行こう。もういい、行こう。」 ややいつもよりげっそりした、ししょーは、ははっ・と例えようのない表情でこちらに歩み寄ってくる。 まぁ・おばさんには悪いが野宿は避けたいのでそろそろ出発しよう。 ジャリジャリジャリ 「はい、ししょー。」 だいたい、おばさんに口で勝とうとするほうが間違ってる。 うん、そうだ。今度教えてやろう。 「じゃ・母上。行ってまいります。」「おばさん、今までありがとうございました。行ってまいります。」 「本当に気を付けていくのよ。この時世何かと物騒だから。ここはいつでも貴方達の家なんだから。」 家。 家……か…。 「ああ。」 ししょーは短く返事すると笠を深くかぶった。 なんだかんだいってやはりししょーだって寂しいのだ。 また、わたしは思わず笑みをこぼし、そして、ほぼ無意識に担いだ三味線を撫でる。 ししょーも腰に差した刀を撫でた。 今度こそ前へと道を踏む。 後ろから、クスリ・と聞こえてみれば 「行っといで!」 「「いってまいります!!」」 ”母”の声に押されてわたしたちは道を踏んだ。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加