小鳥と洋館

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 出入り禁止な部分はもちろんあるが、洋館内は概ね見て回ることが許可されていた。とはいえ、さすがに手を触れることはご遠慮下さいというのが至極当然のルールだ。  だから俺は、他の見学はそこそこに、皆の目を盗んでいち早くあの部屋へ入り込んだ。  窓に近づくまでもなく、外からかつんかつんと音がする。人間がこんなに入り込んでいるというのに、あの小鳥はお構いなしに今日も突撃行為を繰り返しているらしい。  レトロな建物にありがちな、凝った作りの鍵がかかっていたらどうしようかと思っていたが、幸いにも、窓の鍵は単純なスクリュータイプのものだった。  それを手早く回し、音を立てないように窓を開ける。  開け放つなんてことはさすがにできないので、かなり譲歩した開け方だったけれど、確かに窓は開いた。  いつも小鳥がぶつかっているのは窓の端っこだ。その、いつもはガラスに遮られているけれど、やっと生まれた隙間めがけて小鳥が全力で飛び込んでくる。 「チチチチ」  鳴き声を初めて聞いた。そう思った瞬間、小鳥が空中で羽ばたきを止めた。  何もない空間に小さな姿が浮かんでいる。…いや、違う。何もない訳じゃない。  小鳥の足は確かに何かに止まっていた。その何かがぼんやりと浮かび上がる。  白く細い、それは女の子の手だった。  小鳥の止まる位置から輪郭ははっきりと実を結び、やがて顔も胴体も何もかもが部屋の中に浮かび上がる。  十歳くらいの愛らしい女の子が優しい目で小鳥を見ている。その視線が、不意に俺の方に向けられた。  ありがとう。  確かにそう聞こえた気がした。それともう一つ。  チチチチ。  今日初めて聞いた小鳥の声も聞こえた。そして、その余韻だけを残して、女の子の姿も小鳥も部屋から消えてなくなった。  暫くの間は何が起きたか判らず、俺は茫然とその場に立ち尽くしていた。けれど、階下から上がってくる足音やざわめきが俺の正気を取り戻させた。  見つかったら厄介なことになる。その考えで、俺は慌てて窓をきちんと締め直すと、三階の別の部屋を覗く見学者達に何食わぬ顔で合流し、事無きを得た。
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