2人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくして、湯が沸いたと、ヨナが呼びに来た。
下の階では、炊事の煙が立ち、香ばしい異国の料理の匂いが漂っている。
ユズナは潮風の染みついた服を脱ぎ、大きなたらいで湯浴みをした。
湯にひたした布で体を拭うと、旅の疲れが少しずつほぐれ、海の向こうの島国で過ごした日々のことが、ほろほろと心に浮かんだ。
トコユノハナヒメと呼ばれ、王宮で暮らした日々。今はシオンと名を変えたオニノシコクサと共に、武芸を磨いた日々。己の体に流れる王族の血の故に命を狙われ、旅に出たさすらいの日々。
運命に流されるままに生きたくはない、という思いを胸にクナの地へ来た。
これから先、何が起きるとしても、自らの手で道を選びたいとユズナは思う。
ヨナの家は、母親が一人で切り盛りをしているため、どうしても必要のある客にだけ食事を出すことになっていた。もちろん、子ども達の命の恩人であるユズナ達は別で、たとえ外で食べたいと言っても許してはもらえなかったことだろう。
漁から帰ってきたヨナの父親は、母親と同じようにヨナから話を聞くと、市場に出すはずだった値の張る魚を惜しげもなく運んできた。そして母親も、作りかけていた料理に加えて、取れたての魚のために腕をふるった。
そうしたわけで、食卓に並んだ料理には、ちょっとしたお祭りが始まったかのような雰囲気があった。
ユズナとシオンは、ヨナの家族と共に食卓を囲んだ。
「お姉ちゃん達は、どうしてあんなに強いの?」
母親の料理を口にして、気持ちがようやく落ち着いた弟のトクが、異国からの客に子どもらしい興味を示した。
「それはもちろん、鍛えたからよ」
ユズナは力こぶをつくる仕草をしてみせた。
「武術家なの?」
「まあ、そういうところかしらね」
濁り酒をあおりながら、父親が言った。
「お二人は、もしかして、傭われ先を探しているのかい?」
「雇われ先?」
「近頃、この国では兵士を集めているんだ。遥か北のクリミア帝国が、タッタールとの戦に勝ったからな。次はタッタールの南にある、このクナに攻め込んでくるんじゃないかって噂なのさ。なんでもクリミアの軍隊は、竜騎兵よりも強い巨大な化け物を引き連れているって話でな」
「そうなんですか……私達は、海の向こうのテパンギから来たので、こちらの事はほとんど何も知らないんです」
最初のコメントを投稿しよう!