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「昼間、私達をつけたのは、あなたね?」
「気づいておられたのですか……さすがです。すぐにお声を掛けられれば良かったのですが、人目が多かったので、こうして時を待っていたのです」
「それはつまり、あなた自身、誰かに追われているということかしら?」
「その通りです。追われている理由も、後でお話しします」
オビトは少しばかり、背筋を正した。
「私は、クリミア帝国から来た使いです。目的の一つは身分のあるお方からの手紙を、密かに、このロントン公国の公子に届けること。もう一つは、ある物を探し出すことです。それもまた、出来る限り、密かに……」
「密使ということね?」
「その通りです」
「密使だということを、どうやってロントンの公子に信じさせるのだろう?」
シオンが口を挟んだ。
「公子が親書を読めば、間違いなく本物であることが分かる、と我が主は申しておりました」
「それでは我々は、どうやって信じればいいのか?」
シオンは、疑いの眼差しをオビトに向ける。
「それについては、信じていただけなくとも構いません。私を手伝ってもらえるのなら、充分なお礼はいたします」
オビトは懐から革袋を取り出した。中身を一つまみすると、茶卓の上に置いた。
それは金貨だった。
ユズナは手にとって、ロウソクの灯にかざした。女性の横顔が刻まれた金貨だった。ユズナ自身、王宮育ちであるため、金貨を珍しいとは思わない。しかし見慣れているだけに、クリミアの金貨のその意匠の巧みさには驚かされた。故国テパンギよりも高い文明の息吹を、その金貨に刻まれた優美な女性から感じたのだった。
その時、シオンが音も無く刀を抜きはなって、オビトに斬りかかった。
オビトは椅子から転げるようにして白刃を逃れた。そしてそれと同時に、腰の短剣を抜き、起きあがった時にはその切っ先をシオンに向けていた。
「何をする、金貨に目が眩んだか」
ユズナは、オビトに静かにするよう手で制し、シオンに咎めるような目を向けた。
「シオン……こんな夜更けに騒がしくしては駄目よ」
シオンはオビトの眼をじっと見つめていた。そして斬りかかった時と同じように、音を立てずに刀を鞘に収めた。
「その身のこなし……イカサマ師では無さそうだな……」
何食わぬ顔でそう言うと、腕を組んで寝台に腰を降ろした。
「驚かせてごめんなさい。でも試しただけ、本気じゃないわ」
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