第1章

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「昼間、私達をつけたのは、あなたね?」 「気づいておられたのですか……さすがです。すぐにお声を掛けられれば良かったのですが、人目が多かったので、こうして時を待っていたのです」 「それはつまり、あなた自身、誰かに追われているということかしら?」 「その通りです。追われている理由も、後でお話しします」  オビトは少しばかり、背筋を正した。 「私は、クリミア帝国から来た使いです。目的の一つは身分のあるお方からの手紙を、密かに、このロントン公国の公子に届けること。もう一つは、ある物を探し出すことです。それもまた、出来る限り、密かに……」 「密使ということね?」 「その通りです」 「密使だということを、どうやってロントンの公子に信じさせるのだろう?」  シオンが口を挟んだ。 「公子が親書を読めば、間違いなく本物であることが分かる、と我が主は申しておりました」 「それでは我々は、どうやって信じればいいのか?」  シオンは、疑いの眼差しをオビトに向ける。 「それについては、信じていただけなくとも構いません。私を手伝ってもらえるのなら、充分なお礼はいたします」  オビトは懐から革袋を取り出した。中身を一つまみすると、茶卓の上に置いた。  それは金貨だった。  ユズナは手にとって、ロウソクの灯にかざした。女性の横顔が刻まれた金貨だった。ユズナ自身、王宮育ちであるため、金貨を珍しいとは思わない。しかし見慣れているだけに、クリミアの金貨のその意匠の巧みさには驚かされた。故国テパンギよりも高い文明の息吹を、その金貨に刻まれた優美な女性から感じたのだった。  その時、シオンが音も無く刀を抜きはなって、オビトに斬りかかった。  オビトは椅子から転げるようにして白刃を逃れた。そしてそれと同時に、腰の短剣を抜き、起きあがった時にはその切っ先をシオンに向けていた。 「何をする、金貨に目が眩んだか」  ユズナは、オビトに静かにするよう手で制し、シオンに咎めるような目を向けた。 「シオン……こんな夜更けに騒がしくしては駄目よ」  シオンはオビトの眼をじっと見つめていた。そして斬りかかった時と同じように、音を立てずに刀を鞘に収めた。 「その身のこなし……イカサマ師では無さそうだな……」  何食わぬ顔でそう言うと、腕を組んで寝台に腰を降ろした。 「驚かせてごめんなさい。でも試しただけ、本気じゃないわ」
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