第1章

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 ユズナの言葉に、オビトは呼吸を緩めた。しかし短剣は構えたままだ。頭巾が少し斬れていた。誰か他の者が見いていたとしたら、とても試しただけとは思えないだろう。  オビトが向けていてる短剣のことは気にかけず、ユズナは金貨をそっと卓の上に置いた。 「それと、これだけは言っておくわ。私達は今のところ、誰かにお金で雇われるつもりはないの。だから、あなたを手伝うにしても、きちんとした理由が要るのよ。信じられない相手に協力することは出来ないわ。話をするにしても、そのつもりでお願いできるかしら」  それを聞いたオビトは、眉をひそめながらも短剣を腰に戻した。 「分かりました。ですが私もまだ、あなた達を完全に信頼しているわけではありません。嘘はつきませんが、すべてを語ることも出来ません」 「それでいいわ」  オビトは椅子に座り直すと、語り始めた。  それは遠い北の大国、クリミア帝国の話だった。  クリミア帝国は、長年、大陸の中東部に位置する騎馬民族の国、タッタールの侵攻に頭を悩ませていた。  勇壮なタッタールの騎馬兵は、圧倒的な機動力と破壊力を備えており、帝国は苦しい防戦を強いられるのが常であった。  タッタールに苦しめられているのは、南のクナ皇国も同じであったが、皇国は竜騎兵に護られているため、領土を保つことが出来ていた。  一方、クリミア帝国はタッタールと対等に渡り合える戦力を、常に維持することが出来ずに、時として国土をタッタールに献上することがあった。  タッタールに対する、絶えることのない恐怖に囚われた帝国は、光明を探し続けた。  そしてついに、クリミアの民は一筋の光を見出したのであった。 「それが魔導文明の復興、ル・ラスリルです」 「魔導……」  ユズナは眉を寄せた。食事の際に、ヨナの父親が語った「クリミアの軍隊は、竜騎兵よりも強い巨大な化け物を引き連れている」という言葉を思い出した。 「クリミア聖教に伝わる、古い話をご存知でしょうか?クリミアの民ならば誰でも知っている、テルニタとソラリス、二つの都の話です」  ユズナが首を横に振ると、オビトは説明を始めた。 「かつてこの世界の創造主たる神は、人間を創り、寵愛しました」
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