第1章

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 だが人は神を裏切り、英知の源を盗んで魔導の力を生み出した。そしてその力を用いて壮麗な都を二つ築きあげた。それはテルニタとソラリスと呼ばれた。しかしやがて、二つの都は互いに争いを始めた。人々の心は乱れ、神の御名を崇めなくなった。それどころか神と同じように、永遠の命を手に入れようとした。ついに神は怒り、二つの都を滅ぼした……  オビトの話は、次第に熱を帯びてきた。 「千年前、ソラリスを追われ、魔導の力も失ったクリミアの民は、遥か東方へ移り住みました。戦乱による幾度かの遷都を経て、新しい都は、今はキャスブルグと呼ばれています」  キャスブルグの名はテパンギ育ちのユズナでも知っている。一度は訪れてみたいと夢見ていた、クリミア帝国の都だ。美しく、壮麗な都だと聞いている。 「その失われた魔導の力が、蘇ったというの?」 「蘇らせたのです。我々の手で」  オビトの瞳に、強い光が宿った。 「もはや、我々はタッタールにも、他の誰にも脅かされることはありません。たとえ、クナ皇国の守護者、竜騎兵であろうと、恐れる必要は無いのです」 「それで、タッタールの次は、クナに攻め入ろうということかしら?」 「帝国内にそうした声があることは確かです。ですが私の主はクナ皇国と戦になることを望んではおりません……いや、これは少し話が過ぎたようです……」  オビトの言葉は、クリミア帝国の内部に、クナ皇国との戦を望む者と、そうでない者がいることを匂わせていた。おそらくは、反対する者の方が少ないのだろう、とユズナは察した。少ないどころか、戦を望む者達に睨まれているのかも知れない。だとすれば、親書を出すのに密使に託さなければならないのも理解できる。  王宮育ちのユズナには、地位の高い者達の争いがどのようなものなのか、良く分かっていた。 「つまりあなたが持っている親書は、両国の平和のためのものなのかしら?」 「そうだと聞いております」 「もう一つ、目的があると言っていたが……」  シオンが再び口をはさんだ。 「ええ、ある物を探し出すことです」 「あるモノ?」 「魔導の力を取り戻した我が国は強大になりました。しかし、その反面、魔導の力そのものを、他国に奪われることを恐れているのです」  力無き者は力を欲し、力を得た者は失うことを恐れる。他者の支配を逃れるために力を得ても、結局は力そのものに束縛されてしまうのかも知れない。
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