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「どうやら、これ以上の論議は、無益なようですね。あなた方を信じて、親書を預けます。私が持っているよりも、確かなように思われます」
オビトは襟口から胸元に手を入れると、肌身離さず持っていたと思われる、油紙の包みを取り出した。
「我が主の名は、コルネリア・フォン・レーヴ。キャスブルグの薔薇と謳われるお方です」
「変わった名前ね。女性なの?」
「はい。コルネリアは、女性の名です」
「ロントンの公子とは、どのような関わりがあるのかしら?」
「公子がご遊学中、キャスブルグにお寄りになったことがございました。確か三年ほど前の事だったと思いますが……その時にお知り合いになられたと聞いております」
ただのお知り合い、というわけではなさそうね、と思いつつユズナは書状を手に取った。
「確かに預かります」
「どうか、お頼みいたします」
連絡の取り方を決め、翌日の再会を約束すると、オビトは帰って行った。
ユズナと二人きりになると、シオンは言った。
「ロントンの公子……コハク公に会うということか」
「ええ……テパンギの王族だと、分かってしまうかしら」
「どうかな……もう五年も前のことだ」
ロントンの公子コハクは、五年前にテパンギへ使節として来たことがある。その際、トコユノハナヒメとして、ユズナは公子と会っているのである。
「むしろ、公子に会うまではクリミアの使いというよりも、テパンギの使節と名乗った方が、危なくないかも知れないわね……」
「まあ、そうかも知れないな」
「こんなに早く、トコユノハナヒメに戻ることになるとは思わなかったけど」
「引き受けることも、無かったと思うが……親書一つで、戦が防げるわけでもなし」
「ええ、そうね……でも戦が始まれば、きっと終わるまで何年もかかるわ。この港も無事では済まないでしょう。宿屋も出来なくなるわ」
「宿屋は、クナやクリミアでなくても出来るだろう。料理さえ作らなければ」
「どういう意味?」
「……なんでもない」
シオンはそれっきり貝のように口を閉ざした。
ユズナが水を飲もうとして階下に降りると、灯りの消えた食堂の中、おかみさんが椅子に座ったまま眠っていた。おそらく、二人のことを心配して、話が終わるのを待っていたのだろう。オビトが出て行ったことには気が付かなかったのだ。
「おかみさん」
ユズナがそっと腕に触れると、おかみさんは目を覚ました。
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