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皇国の守護者である彼らの物語はユズナの故郷、テパンギにまで伝わっていた。
「私にも乗れるのかしら?」
竜騎兵は、南の空へ飛び去って行った。
「さあ、どうかな……竜が怯えなければいいけど」
「それ、どういう意味?」
シオンは黙って肩をすくめた。ユズナはシオンとは違って、剣は提げていない。だが旅衣の下の服は、年頃の普通の娘が着るようなものとは異なっていた。その細くしなやかな手足が自在に動かせる、軽業師や武人が好む装いであった。
二十日あまりの航海にあって、夜明け頃、波に揺れる甲板の上で彼女が武術の型を練っているのを見た者は多い。竜が怯えるかどうかは別にして、彼女の名をテパンギの山賊が耳にしたならば、震え上がって逃げ出すことだろう。
幸いにして同船者達は、彼女の正体には気が付かなかったので、壮麗な夜明けの一幕として彼女の演舞を眺めたものだった。
やがて二人を乗せた船は港に入り、帆を畳むと桟橋に停まった。
「行きましょう、シオン」
ユズナは跳ねるような足取りでタオルンの港へと降り立った。
タオルンという名には、クナの古い言葉で〈道の始まり〉または〈旅の終わり〉という意味がある。一つの言葉に矛盾する二つの意味が与えられているのは、古代クナ語にはよくあることだ。それにもしかしたら、港に与えられる名としては、これ以上相応しいものは無いのかも知れない。
タオルンの町は枝分かれした河の州に築かれており、河の流れに沿うようにして、扇状に拡がっている。
ユズナとシオンの二人は、この町で今日の宿を探すことにした。
海沿いの大通りは石畳が敷き詰められている。それだけでも二人の故郷であるテパンギの港とは大きく違っている。行き交う人の数も多く、肌の色や瞳の色の異なる民の姿もあった。
街には、船上にあって長らく遠ざかっていた、人の生活の匂いが満ちている。
波に揺れ動かない大地を踏みしめ、見たことのない街の風景を目にすることで、ユズナの心は躍った。
「宿の前に、何か食べましょうよ」
シオンにそう語りかけながら、ユズナは早くも露店に並んだ食べ物を見比べていた。
「目移りしちゃうわね、何が良い?魚はもう飽きた?」
「お好きなのをどうぞ」
シオンは関心が無さそうに言うと、眼だけを走らせるようにして、辺りの様子を油断無く見張っていた。ユズナの身を守ることが、彼の一番の関心事なのだ。
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