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迷った末にユズナはタコの足の串焼きを買うと、木箱を逆さに置いただけの椅子に腰掛けてかじりついた。
故郷にも同じような料理はあるが、異国で口にするものは、やはり違う味がする。
(でも、美味しいことには変わりがないわね)
とユズナは思った。
騒ぎに気が付いたのは、シオンの方が先だった。
二人がいる露店から三十ヒロ(約六十メートル)ばかり離れたところで、悲鳴が上がった。
石畳の上に、何か大きい、丸太のようなものが横たわっている。ただ、伸びたり縮んだりして動いていることから、丸太ではなく、生き物であるようだった。
「蟲だ!ウミワラジだ!」
誰かが叫んだ。
長細い体躯は、甲冑のような半月形の殻が幾つも連なって堅く護られている。そのツルツルした背中とは反対に、腹の側には無数の足が蠢き、石畳を引っ掻いている。
「何故こんな所にウミワラジが?」
ユズナの言葉に、シオンは分からない、という風に首を横に振った。ウミワラジは海岸沿いに広く生息している。しかし、見た目の大きさに比べて用心深く、港のような人の多いところには姿を現さない。少なくともテパンギのウミワラジはそうであった。
「誰か番兵を呼んでこい!」
露店の店番が叫んだ。
「下がって」
シオンはユズナに耳打ちした。周りの人々も、足早にその場から立ち去って行く。店のある者も、お金の入った駕籠だけを持って離れて行く。一匹くらいであれば、港の番兵隊が追い払うなり、仕留めるなりしてくれるだろう。
その時また、悲鳴が上がった。
子どもが二人、逃げ遅れていた。小さな男の子と、彼よりは年かさの女の子だ。
いきなり現れた蟲に驚いて、動けなくなってしまったらしい。姉のように見える女の子の方は、どうにかして弟を逃がそうとしているのだが、男の子は地べたに座ったまま身を固くしていた。
ウミワラジは雑食だ。大人であれば襲われることは滅多にないが、子どもだと時々襲われて食べられてしまうこともある。
弟を庇いつつ立ちすくむ姉。
ウミワラジは恰好の標的となった姉弟に狙いをつけ、襲いかかる。
子ども達は思わず眼を閉じた。
その瞬間、ガツン、という堅いものがぶつかる音が響いた。
姉が眼を開くと、長い木の棒を抱えた女の姿が見えた。
屋台の庇を立てる竿を得物にした、異国の服を着た女だった。
「逃げなさい」
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