第1章

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 番兵達は鉤から伸びている綱を、船を留めるための杭に巻こうとする。ウミワラジは石畳に爪を立ててそれに抗った。石板を引っ掻く音が鳴り響く。やがて鉤のかかった殻が少しずつめくれ上がる。それを見たユズナは落ちている銛を手に取った。 「やあ!」  跳躍すると、彼女はウミワラジの殻の隙間に銛を打ち込んだ。  銛は狙いどおりに突き刺さったが、ウミワラジの暴れる勢いは衰えない。ユズナは銛ごと振り回され、宙に放り出された。  シオンは剣を投げ捨て、ユズナを両手で受け止める。  瞬間、彼の瞳が鋭く光った。これ以上、ユズナを危険にさらすことは出来ない、という想いが彼の全身を巡る。シオンは懐から細長い筒を取り出した。掌からわずかにはみ出るほどの長さの筒だ。 「これで終わりだ」  ユズナはその筒の正体を知っていた。爆雷だ。 「駄目よ、シオン。ここでは駄目」  ユズナはシオンの手を掴んだ。爆雷を使って蟲を倒せば、周りにいる人々まで傷つけてしまう。だが、シオンはユズナの手を力ずくで振りほどいた。ユズナ以外の人間がどうなろうと、彼にはどうでも良いことであった。  その時、地面に影が落ちた。  ウミワラジを中心に、影はみるみる大きくなり、やがて蟲をすっぽりと包み込んだ。  空から、巨大な何かが蟲の上に落ちてきた。  地面が震える。  ウミワラジの体躯が小枝のように二つに折れ曲がった。  見開いたユズナの目に、ゆっくりと揺れる竜の首が映った。 〈キシャァァ〉  鋭く尖った牙が、顎に並んでいる。  生き物の一部というよりは、凶暴な目的のためにつくられた武器のように見える。  ユズナとシオンは反射的に身構えた。  しかし、竜は二人には目もくれず、踏みつけたウミワラジに噛みついた。  ガリッ ゴリッ  竜は蟲を好んで食べる。ウミワラジの固い殻をまるで、煎り豆か何かのように噛み砕く。  ウミワラジは身悶えたが、もはや誰の目にもそれは無駄なことに見えた。  竜の背には、人の姿があった。  ユズナは見上げたが、人影の向こうから陽の光が射してきて、はっきりと顔を確かめることは出来なかった。 (竜の背に乗っている……竜騎兵……)  一刻ほど前に船から見えた、あの竜騎兵だろうか。  蟲をむさぼり続ける竜の背から、前肢を踏み台にして、騎兵は石畳の上に降り立った。  眼帯の一種だろうか、竜騎兵は卵が二つ並んだような不思議なもので両目を覆っていた。
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